黄色い傘
小畑 こぱん
第1話 傘を貸してあげた日
「なに色が好き?」
そう聞かれて、皆はどう答えるだろう?
赤? 青? 緑? たくさんあるから迷っちゃうよね?
僕はね、迷わず黄色!って答えるよ。
だって黄色は、『幸せの象徴』って言われているから。
「あーあ。何か朝よりも雨強くなってない?」
「ヤダよね。傘さしていても濡れちゃうし」
「ひどい時なんか、長靴はいているのに靴下までベチャベチャの時あるもん」
「わかるー」
友達と会話していたらふとそんな別の会話が耳に入り、そちらを向く。
話をしている女子達は窓枠に肘をついて、雨足の強さを確認するためなのか、窓を開けて外の景色を見ていた。
僕も彼女達の向こうを見て、確かに強くなっていると思う。
給食が終わって昼休憩中、この後は五時間目が終わったら掃除をして下校だ。今は六月で丁度梅雨時期に入っているので、運動場に出て遊べないから皆教室でお喋りをして過ごす日々が続いている。
「和樹? お前ちゃんと話聞いてる?」
「え?」
よそ見をしていたからか、一緒に話していた一人からそう声を掛けられた。
「あ、ごめん。雨気になって聞いてなかった」
「たっくよー。でもそうだよな。こう毎日毎日降られちゃ、帰ってからも遊びに出られないもんなー」
「だなー」
そう皆が雨にマイナスな発言をするのを聞きながらも、だけど僕は雨が好きだった。
と言っても土砂降りは勘弁だけど、パラパラ降るような小雨。ポツポツと雨粒が葉に当たるあの軽い音も、晴れの日には絶対に姿を見せないカタツムリが顔を出すのも、カエルが楽しそうに歌っているのも好き。
けれど一番好きなのは、お気に入りの黄色い傘がさせること。
僕は色の中では黄色が一番好きで、きっかけはどこかで耳にした『幸せの象徴』という話。単純だよね?
でも実際にあの黄色い傘をさして帰ると、良いことが起きた。
例えば、家に帰る途中で雨がやんで綺麗な虹が空にかかったり。
例えば、落としてしまったキーホルダーを水たまりの中で見つけたり。
ちょっとしたことかもしれないけど、それは充分幸せと呼べるものだと思っている。
だから黄色い傘だけではなく、僕の持ち物には黄色いものが多い。友達からは『イエローマニア』とか呼ばれていたりするけど。
土砂降りにはならないことを願いながら、僕は既に別の話題に移った友達との会話に戻っていった。
◇+◇+◇+◇+◇+
願いむなしく、下校の時間には更に雨足は強まって土砂降りと言える強さにまでなっていた。
強い雨に皆嫌そうな顔をして、傘を開きながら帰っていく。
僕も少し眉を潜めて、お気に入りの黄色い傘をさして校舎から一歩を踏み出した。こんな雨だと、帰る頃までにやむことはないだろうし、良いことが起きそうもない。
ザザザザァ――ッと叩きつけるような音が耳にうるさい。
こういう音は好きじゃない。だって何か、嫌な感じがする。晴れていたら下校時間でもまだ明るいのに、こんな強い雨の降る日の帰り道は決まって薄暗い。寒いし。
それに僕が登下校をする途中には、川が流れている。その川を渡って帰らなければならないのだ。僕が生まれるより前の、かなり昔からあるらしい石橋。
『
晴れている時は良いけれど、小雨の時もまだ良いけれど、強い風が吹いていたり雨が強い日とかにはどうしても薄気味悪く感じてしまう。
お母さんにどうしてあるのか聞けば一言、『目印になるから』って言われた。
よく意味が分からなくて中学生の姉に聞けば、彼女はフンと小馬鹿にしたように鼻を鳴らして。
『別にあれ怖いものとかじゃないから。ほら、昔って今みたいに街灯とかないでしょ? 開いている部分に火を点けて、明かりにしてたっていうの。てかアンタも地域のどうたらっていう授業でいつか習うと思うけど? それにアタシ、あそこにある灯籠あんま好きじゃないからもう聞かないでよね』
怖いものじゃないって言う割に、自分だって好きじゃないとか言って結局怖いんじゃないか。
そんなことを面と向かって言おうものなら問答無用で頭を叩かれるから、何も言わなかったけど。
「和樹!」
思い出しながら歩いていたら名前を呼ばれたので顔を上げると、お母さんがビニール傘をさして、僕に向かって手を振っていた。
「お母さん」
どうしているんだろうと疑問に思いながら、お母さんの立つ場所が石橋の向こう側であると気づく。
考え事をしていたから、景色まで見ていなかった。もうここまで帰って来ていたんだ。
だから、それにも初めて気がついた。
柳の木の下の石灯籠。
その隣で僕と同じくらいの女の子が、ずぶ濡れでそこに立っている。
傘がなくて、木の下で雨宿りをしているのだろうか? けれどあのままではもう遅いかもしれないけど、風邪を引いてしまう。
石橋の向こうで待つお母さんと石灯籠の隣にいる女の子を交互に見て、あ、と思いつく。
僕一人だったら迷ったけど、お母さんがいる。なら、僕の黄色い傘をあの子に貸してあげればいいんじゃないか。
やっぱり幸運の黄色い傘だ。僕の幸運はお母さんが迎えに来てくれたこと。
……お気に入りだけど、仕方がないよね。
運悪く傘を持たずに出てきちゃっていたのなら、この黄色い傘があの子にも幸運を運んでくれる筈!
僕は女の子へと駆け寄った。
「あの!」
ゴオオォォォと勢いよく流れていく川を見つめていたその子は、僕の声に振り向いた。
濡れた髪から顔へと雫が水の筋を作っていて、まるで泣いているようにも見えてしまう。
僕は言うよりも先に持っていた傘をバッと差し出した。
「これ、貸してあげる!」
僕をジッと見つめ、首を少し傾げている。
「……何で」
「何でって。えと、すごく濡れちゃってるし……。風邪引いちゃうから!」
その会話の合間にも強い雨が降り注ぐのと、揺れる柳の葉、騒がしい川の音が早く帰れと言っているように感じる。
お母さんが待っている。僕も早く帰りたい。
「あなたが濡れる」
「僕は大丈夫! 石橋の向こうでお母さんが待っているんだ。僕はお母さんと一緒に帰るから!」
「お母さん……?」
それまで淡々としていた声に感情が篭り、目を見開いたことを、石橋の先にいるお母さんを振り向いていたから気がつかなかった。
いつまで経っても受け取ろうとしないことに焦れて、石灯籠にうまく引っ掛かるように開いた状態のままで置いた。
「それさして帰って! じゃあね!」
動かない女の子に手を振って、両腕で頭を庇いながら石橋を越えてお母さんの元へと走る。
お母さんは石橋の途中まで走って来てくれて、ビニール傘の中に入るようにしてくれた。
「和樹、傘貸してあげたの?」
「うん。だって風邪引いちゃうと思って」
「そう。優しいわね」
微笑んで褒められて、僕も嬉しくてへへっと笑う。
「お母さん、僕のこと迎えに来てくれたの?」
「こんな雨が激しかったらちょっと心配だもの。それに帰り道に川があるでしょ? 和樹くらいの男の子って帰りに川で遊んだりするから、流されないかって思うもの。危ないこと分かるでしょ?」
「そんなことしないよ。心配し過ぎだって」
確かに帰りに友達と公園で遊んだりすることもあるけど、ちゃんと危険なことの区別くらいついている。
知らない人にはついて行かないし、お菓子ももらわない!
お母さんと手を繋いで会話していたから、知らなかった。
土砂降りの中でも楽しそうに家に帰る僕とお母さんの背中を、あの女の子が瞬きを一度とさえすることなく、ジッと見つめていたことを。
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