愛を以て愛を制す(恋人の逆位置)

 愛の形は人それぞれだが、その愛の受け取り方もまたそれぞれ。愛とは恋よりも複雑で重く、時には自分も相手も苦しめる毒にもなる。

 それ故に愛に惹かれ、毒されてもなお離れられず依存してしまい、知らず知らずのうちに支配されているということもあるだろう。


「それでね、ヒロさんったら大勢の前でこんな事を言ったのよ……」

「そうなんだ、ヒロさんって意外と大胆なんだね」


 上半身だけのマネキンをヒロさんと呼んで大事そうに抱きしめながら、嬉しそうに話す『恋人』の逆位置さんもまた、独特な愛を貫いている。彼女がいつから、なぜこうなってしまったのかはいまだ分かっていないが、ヒロさんを愛してやまないということだけは目に見えてわかる。そして、この関係を脅かすものが現れようものなら、容赦なく敵意を向けるということも。


「一つ、聞きたいんだけどいい?」

「あら、何かしら?」

「逆位置さんとヒロさんの仲良しの秘訣みたいなものってあるの? いつ見てもとっても仲がいいし、相思相愛なのはわかるんだけど、どうやったらそんな素敵な関係を築いて保っていられるのかなって……」


 出来る限り言葉を選びながら、私は彼女に質問を投げかけた。顔は笑顔をキープしたままだが、内心は今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 そんな私とは裏腹に、彼女は心底おかしそうに笑いながら、ヒロさんとひそひそ何かを話し始めた。どうやら話してもいいかの許可を、ヒロさんに聞いているようだ。ドキドキしながら待っていると、彼女が私に向き直り、話し始めた。


「秘訣っていうのかはわからないけれど、私が初めてヒロさんと出会ったときに決意したことはあるわ」

「何を決意したの?」

「この人を愛でいっぱいにしてあげようって決意したの。ヒロさんにハンカチを拾ってもらったとき、こんなに優しい人はほかにいないって感じたわ。それと同時にヒロさんに優しくしてくれる人が必要だとも……優しい人はいつだって孤独だから、埋めてくれる人を常に探している。だから私が彼の隙間を埋めようって思ったの」


 彼女はそう言って恥ずかしそうに笑った。それを聞いて、私は彼女の異常性を充分に感じる言葉に恐怖心を抱いた。表に出さないようにしながら、話を続けるよう促す。


「まず彼の行動を調べたわ。どこで孤独を感じるのか、何をしたら幸せを感じるのか……彼のすべてを調べたの。同時に私がどこを埋めるべきなのかも。そうしたら、彼にはたくさんの隙間があるということが分かったの。だから私は一つでも多く埋めようと頑張ったわ、その結果こうして結ばれたのね」


 相手を徹底的に調べ上げ、弱点を把握したうえで一気に攻めて落とす。そんな彼女の徹底ぶりに別の意味で感服した。これ以上聞き出すのはいろんな意味で危険だと判断した私は、二人に感謝を言ってから彼女の部屋を後にした。


「どうだった、あの子の様子」

「……変わらずだよ、恋人さん」


 少し離れたところで私を待っていた恋人さんこと、『恋人』の正位置は、私の回答にそう、と言うとため息をついた。


「逆位置さんって、愛する者のことは徹底的に調べ上げるんだね」

「それはそうよ、あの子のモットーは……」


 『愛を以って愛を制す』なんだから、と言い残しその場を後にした恋人さんの背中を眺めながら、なんて複雑な愛なんだろうと益々頭を抱えるのだった。

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