無力な注意喚起(隠者の逆位置)

 どれだけ他人に危険であると言われていても、自らが経験をしなければ自覚できないことがある。


「逆じいちゃん、ちょっといい?」

「なんじゃ孫よ、そなたから話を振るとは珍しい……明日は嵐が来るやもしれぬの」

「相変わらず一言多いんだから……隣いい?」


 態とではあるものの、一々癪に障る言葉で話しかけてくる逆じいちゃん。そんな意地悪じいちゃんだからこそ、相談できることもある。


「明らかに危険なことだってわかっていることを、平気でやる人っているでしょう?」

「世の中そのようなもので溢れておる、何を今更……」

「どんな注意喚起だったら、聞いてくれるのかなって思って……やっぱり逆じいちゃんみたいに実際に経験させたりする方が有効なのかな」


 時々、相談を受ける内容に明らかに危険なものがあったりする。その場合、如何に危険であるかを説明するのだが、それでも思いとどまれずに突き進んでしまい、結果的に後悔してしまう人が多い。どれだけ話を聞いても、アドバイスをしても、結局決定権は本人にあるし、私が踏み込むべきではないとは思っている。それでも、見て見ぬふりはしたくないし何かできることがあるのであればやりたいとも思う。


「注意喚起なんぞ、何の力もないものじゃ。このようなことがあったと認識こそするが、自分ならもっとうまくできるはずじゃと、自分の実力を過信してしまう者もおるからの。何とも哀れな者じゃ」

「そうだね、所詮は他人事って認識してしまう人がほとんどだろうし、自分に置き換えて考えられる人って少ないのかもしれない……」

「いらぬところでは集団的思考に至るというのに、そういった時だけ至らないのが不思議なものじゃの」


 逆じいちゃん的には、静止の声も聞かず好き進んだ人や、普段他人の意見に翻弄され行動したりする人が、危険な道に自ら進み後悔している様が理解不能であるらしい。そして、そういった人ほど、益々他人の意見に翻弄されるようになり、自分一人では決められないような人になり果ててしまうのだという。


「人の話に耳を傾けるって、案外難しいものなんだね」

「本来の意味として認識しているものが少ないからの。親切心のつもりで注意喚起を行っても、それを見る側がその意図に気が付かないようでは、無力なままじゃ」

「じゃあ、どうもできないってこと?」

「より多くのものと交流を深め、その上で注意を促してやればよい。赤の他人の言葉よりも、信用における者からの言葉の方が、耳の遠いものであっても、残るじゃろうからの」


 見ず知らずの人からの注意喚起より、身内や自分が信頼している人からの注意喚起の方が、少しばかり伝わり方や重みも変わる。いじわるの裏に愛情を含んだ老人は、そう言って怪しく笑みを浮かべるのであった。

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