異形と愛

 マンションの中、花形家のリビングに三人は集まっていた。かなり慌ただしく準備をしたのだろう、部屋は散らかっていた。

 大きなキャリーバッグを用意し、彼女達は落ち着きなくそわそわしている。娘は状況を理解していないのか眠そうに目を擦り、エレナの夫は顔をしかめたまま我が子を抱きしめる。


「なぁ、本当なのか? 正直まだ信じられないよ……君が…………」


 そう言う夫の様子は懐疑的かつ恐れているようだった。

 それもそうだろう。妻は平行世界から来た人類、それも突然変異した象人間だなんて。そして世間を騒がせている毘異崇党の正体を彼女から聞かされたが信じきれていない。

 確かに妻を愛し信じたい気持ちはある。それに娘の事もだ。今の感情を例えるなら、嫌悪感より不安が一番近い。

 彼女もそれを察している。


「信じられないならそれでも構わない。けど娘だけは連れて行くから。じゃないと……」


「いや、だけど。俺も……」


 モゴモゴと何か言いたげだが言葉が見付からない。信じたい気持ちと疑いが鬩ぎ合い混乱しているのだ。

 ふと娘に目を移す。愛らしい最大の宝。この子の事を考えていると存在を非難出来ない。


「……解った。とりあえず俺もついていく。そこでまた話し合おう」


「ありがとう。じゃあそろそろ迎えが……」


 そう言いかけた時、玄関の鍵が開けられる。

 鍵は自分達しか持っていない。なのに何故? 疑問を感じる前に複数の足音が聞こえた。


「おんやぁ? 花形さん、これから旅行ですかぁ? どぉぉぉこに行くのかねぇ」


 三人の黒ずくめの男達だ。真ん中の男、頬の痩けた男がリーダーなのだろう。舐め回すような視線にねちっこい口調が不快感を引き出す。


「あんた達ね。アンフォーギヴンを誘拐している連中は」


「人聞きの悪い。俺達は保健所と同じ、化け物を回収しているだけだよ。いや、野良犬を回収している保健所よりも優秀かな。しっかし……」


 男は三人を順に品定めするように見る。


「やっぱり当たりだねぇ。しかも雌が二匹、片方はガキだ。上が生産性を上げたいって言ってたから大助かりだ」


「この……!」


 エレナは家族を守らんと立ち上がり擬態を解く。そして象の獣人が立ちはだかり男達と睨み合う。

 娘も母親の変貌に唖然とし、旦那は言葉を失う。

 しかし不思議と嫌悪感は抱かなかった。彼女が家族を守ろうと必死なのを感じているからだ。

 そんな彼女を男は嘲笑う。


「おやおやぁ? ユニットの無いアンフォーギヴンなんぞ怖くないもんね。人間より身体能力に優れていようとな」


 男が合図すると部下の二人が拳銃を抜く。先端にサイレンサーの着いた自動拳銃だ。


「武装し人数も上、更に足手まといつきだ。勝てると思うか?」


「…………!」


 事実だ。確かにアンフォーギヴンの肉体は人間を凌駕している。しかし彼女は一般人。武器を持ち訓練を受けた人間が三人。ユニットも持たない以上勝ち目は皆無だ。

 そんな怖じ気づく姿に男は口角を釣り上げる。


「そうだなぁ。じゃあ旦那さん。あんたの抱いてる……ガキを渡せば、今すぐ逃がしてやっても構わない。どうだ? あんたの嫁は化け物なんだ。そのガキだって化け物なんだぞ」


「なっ!?」


 男の言葉に目を見開く。


「よぉぉぉく考えてみろ。化け物と結婚したなんて気持ち悪いだろ。そうだ、戸籍だって綺麗してやっても良い。こっちは弾の無駄遣いもしたくないからな、お礼はするぜ」


「……娘をどうする気だ。本当に毘異崇党に仕立て上げるのか?」


 男は面倒臭そうにため息をついた。そして頭を掻きながら苛立ったように目を細める。


「聞いてたか。まっ、問題無いがな」


 すると今度は意地の悪そうな笑みを浮かべる。コロコロと表情を変える男に誰もが不気味さを感じていた。


「仕立て上げるってか、作ってもらうだな。実質毘異崇党になるのはあんたの孫だ。成長して……そうだな、十五、六くらいになったら生産体制に入ってもらう。それに若いともとれるからな。世界平和の為に役立ってもらわないと」


「世界平和だと?」


「そうさ。毘異崇党が出てから戦争は無くなっただろ? どこの国もヒーローが化け物退治するのに夢中だ。そんなショーを提供するだけで人間同士が争わなくなるんだぜ。つまり俺達は世界平和をもたらす天使なんだよ」


 ニヤニヤと笑いながらさも自分が正しいと豪語する。

 だがそんなのもアンフォーギヴンからすれば悪魔の言い訳にしかならない。そもそもアンフォーギヴンも本来は同じ人間なのだ。人が人を殺めるショーを開催し世界平和を築くなど本当の平和ではない。

 ただのまやかしだ。

 それに気付いたのか、旦那の顔に怒りが沸き上がる。


「ふざけるな! 俺の娘を何だと思ってる! 化け物なのはお前らだろ!」


 啖呵を切る姿に男はキョトンとした。彼の言っている言葉が理解出来ない、意味不明だと言うように。


「あの……旦那さん頭大丈夫? 気、狂ってない? 俺言ったよね、奥さんは化け物だって。異常性癖こじらせてんじゃないの。精神科に通ったら?」


「それはこっちの台詞だ! エレナ、やっぱり君が正しかった。ヒーローなんて幻だったんだ」


 夫の言葉に感激するもそんな悠長な事をしている場合じゃない。拒絶の先にあるのは敵対なのだ。


「…………そうか」


 男は呆れたように懐に手を伸ばす。そこから彼も拳銃を取り出した。


「ガキは無傷で回収しろ。女は最悪卵巣さえ確保できれば使い道はある。ガキが人質になるし男は殺せ。余計な事を知ったからな」


「了解」


 部下達が銃を構える。誰もが絶体絶命のピンチに絶望する。争った所で勝てやしない。

 三人を銃口が狙い引き金に力が入った……その時だ。


「「変身コンセプション!!!」」

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