ヒーローごっこ
「アンフォーギヴンか。何の用だ」
「ここで話す気はない。誰かに見られると困るから部屋に入れなさい」
「…………横暴な事で」
かなり印象は悪いが、彼女の言う通り誰かに見られるのは好ましくない。少女を連れ自室に入る。
「ショボ。何この部屋? 殺風景過ぎない?」
「物欲が無いんだよ俺は。言っとくが、俺は客としてもてなす気は無いからな。茶の一つも出さんぞ」
「そもそも期待してないから。どうせ安物のゲロ不味いのしか無いんでしょ」
癪に障る女だ。一喝入れたい気もするが、本心は関わりたくないが一番。しかめっ面のまま床に座る。
「で? もしかしてノアの差し金か?」
「気安くノアの名前を呼ぶな。あんたは従兄かもしれないけど、まだこっち側じゃない。あたしはあんたを信じてない」
「ハッ、初めて共感出来たよ。俺もお前らアンフォーギヴンを微塵も信じちゃいない」
悪態をつきながらも零次は内心穏やかではない。警戒していた。
少女はノアを呼び捨てにしている。あの場にいた誰もが傅いていた彼女と同等の存在なのかもしれない。
「とりあえず自己紹介くらいしたらどうだ? そんなに礼儀知らずなのか?」
「…………こっちでは魚岸ランって名乗ってる。ランでいい」
彼女、ランはおもむろに首に下げた指輪を撫でる。すると蘭の身体、その表面がメッキのように剥がれ落ちていく。
「!?」
少し考えれば思い付く事だ。ノアがどんな姿をしていたか、彼女達アンフォーギヴンがどんな姿をしていたのか。ランのような人間と寸分違わぬ容姿をしていない。
蘭は
耳や腕に魚のヒレが生え、身体の至る所に鱗が浮かび上がる。彼女は魚のアンフォーギヴンだった。だが零次が驚いたのはそこじゃない。ランの服装だ。
長いスカートを履いているのはいい。しかし上半身はほぼ裸、辛うじて鱗やヒレで隠してはいるものの、これは水着姿に近い。そして何よりも大きかった。セーターのせいで気付かなかった彼女の胸部の山が、魚ではなく牛なのではないかと錯覚する位に。
目を白黒させている零次の襟を水掻きのついた手でつかみ持ち上げる。
「あたしの姿見て何か気付かない?」
「?」
「あんた達が先週殺した魚型のアンフォーギヴン、あれはあたしの兄だ」
思い出した。今まで気にも止めてなかった事に言葉を失う。
「復讐か……」
「半分はね。あんたが必要だし、知らなかったのも聞いている。だけど一発だけ殴らせなさい」
想像はしていた。毘異崇党は加害者じゃない、被害者だ。そして知らずとはいえ、アームズブレイヴァーであった零次が加害者なのだ。
彼女達が元人間なら家族が、仲間がいる。その命を奪ってきた者に少なからず遺恨があるだろう。
「歯ぁ食い縛りなさい」
拳を振り上げ、真っ直ぐ零次の顔面に突き出した。
避ける事も防ぐ事も可能だが零次は動かなかった。彼なりに想う所があるから。いかなる理由であれ、親しい者を奪われれば恨みもしよう。
受け入れようと拳が迫る瞬間、彼女の腕が消えた。零次の目の前に突如現れたマーブル色の円に吸い込まれたのだ。
「ストップ。ラン、これは流石に見過ごせない」
いつの間にかもう一人、先程のランと似た制服を着た小柄な少女がいた。
「……ノア?」
「そうだよお兄ちゃん。ごめんね、彼女私の護衛なんだけどちょっと暴走してて」
その少女はノアだ。翼が無いだけであまり変化は無い。
彼女はランに近づき、円から腕を引き抜く。
「ラン……気持ちは解るけど、彼らも被害者よ。利用されてるのは知ってるでしょ」
「解ってる。けど……」
そのまま座り込み膝を抱えた。うつむき涙を堪えるように。
「……ハァ」
ノアは左手の人差し指、そこにはめられた金色の指輪を撫でる。するとランと同じように彼女の姿が、翼が生え昨日会ったモノクロの甚平姿に変わる。
「どうなってんだ?」
「昨日説明したでしょお兄ちゃん。毘異崇党の事を」
「いや、まだ信用してない。だって……」
言いにくそうに目を逸らす。信じたくない、受け入れたくない。真実だと認めてしまったら、今までやってきた事が全て覆る。
「毘異崇党は家族を人質にされ、怪人を演じさせられてるって。俺がやってきた事は見せ物のヒーローごっこだなんて……」
毘異崇党、その正体は人類へ回帰を目指すアンフォーギヴンを誘拐し悪の侵略者を演じさせたものだった。こちらの地球で平穏に暮らしていた彼らを、家族や友人を人質にし、劣化品のワイルドユニットで怪人に変貌させる。そしてアームズブレイヴァー達と戦う姿をショーとしていたのだ。
全てやらせだった。侵略者なんかいない。人々が憧れる希望も、地球を守る為の戦いも造られたもの、ヒーローごっこだったのだと。
「俺は何も聞かされていない。そんなの本当か証拠も無いじゃないか。俺は信じないぞ」
「お兄ちゃんも利用されてたって事よ。私達を信じず、このまま仲間が殺人ショーをやらされているのを黙って見ているつもり?」
「っ!」
瑠莉と優人の顔が頭に浮かぶ。もしノアの言う事が正しかったら、二人は正義感を利用され操られているピエロだ。戦う必要が無いのなら、元の普通の学生に戻れるなら。その方が良いに決まっている。
「止めるのを手伝って。こっちの人々だって傷ついているんでしょ? もうランみたいな人を出したくないの」
「だったら地球から撤退すれば良いじゃないか。アンフォーギヴンが出てけば誘拐されなくなる。もう怪人にさせられないだろ」
アンフォーギヴンがいなくなれば怪人が補充できなくなり戦いは止まる。既に拐われた人を諦めれば被害は拡大しないはずだ。
ノアは拳を握りしめる。その表情は酷く悲しそうで、苦悶に満ちていた。
「終わらないよ。だって……」
声が震えている。とても辛く苦しそうに。
「アンフォーギヴンを、敵役を造る工場を黒幕は用意してるから」
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