エスカレーター

潜道潜

第1話

「ねぇ、私のマント知らない?」


真っ白なソラから、青く輝く星へ。

遥か彼方から続く、長い長いエスカレーター。


それに乗り始めて、はや十ヶ月。

私は、持ってきたはずの上着をどこかになくしてしまったらしい。


「ねぇ、知らない? ペテル、シリウス」


振り返り、私を見送りに付き添ってくれている、二人に訊ねる。


「あぁ? 知らねえよ。置いてきたんじゃねぇのか?」


「ちゃんと持ってきたよ。ちょっと前には、してたんだから」


「そそっかしプロキ、カン違いじゃないのかよ」


「なんでそういう意地悪言うの、シリウス」


上段に腰掛け、頬杖をついて、ふん、と鼻をならすシリウス。

頭はいいのに、いじわるだ。


「まぁまぁ。ふたりとも」


手すりに腰掛け、本を読んでいたペテルが仲裁に入る。


「プロキ。バッグの中はちゃんと探したかい?」


「探したよ、でも、どこにも見当たらなくて」


「そうか・・・少し前までは、していたんだよね?」


「うん、絶対してた、持ってきてたよ」


ふわふわと、暖かかった手触りを思い出すように。

手をにぎったり、ひらいたり。


「なら、ちょっと前にしていたことをなぞったら、思い出すんじゃないかな?」


「そうか、そうだね!」


ペテルはやっぱり頼りになるなぁ。


「でも、ちょっと前って、何してたんだっけ?」


「はっ、もう忘れたのかよ、人があれだけ忠告してやったのに」


忠告、そんな優しいことシリウスがするっけ・・・


「あぁ、ほら、カバンの中身の話だよ」


「カバンの中?」


「そうそう、何持ってきたか、センパイのオレが見てやるよってシリウスが」


「あぁ、そんなこともあったっけ」


そうだそうだ。


出発前、なんだか恥ずかしくて頑なに見せなかったカバンの中身が。

急に不安になったから、見てもらったんだった。


真っ白のカバンを開き、中に入っているものを確かめる。

クレヨン・画用紙・クーピー。

カンバスに絵の具、筆に炭。

エアブラシにマスキングシート。

果ては液晶タブレットなんてものもある。


でも、なんで不安になんてなったんだろう。


「だから、絵なんてやめとけって言ったんだよ」


「なんで? かっこいいよ、シリウスの絵」


「そういうことじゃないんだよ、能天気プロキ。

 オレが降りたのなんて、もう300年以上も前なんだぜ。

 もう時代じゃないんだよ、そういうの」


はじめてのプロキにはわかんねぇだろうけどな、と吐き捨てる。


言うとおり、私には全然わからなかった。

怖い顔のシリウスは、いつもよりいじわるだ。


「ボクは、シリウスほど強く反対はしないけれどね。プロキがしたいならすればいいと思うよ」


「あまちゃんペテル。それで苦労するのはプロキなんだぞ」


「そうかな・・・まぁ、それでもプロキが決めることだよ」


そう言って、にっこりと私に微笑むペテル。

ちっ、と舌打ちをして、視線をそらすシリウス。


「それで、シリウスは私にどうしてほしいって言ったんだけ?」


「あぁ、だから、オレが持ってきたこのカバンにしろって言ったんだよ」


そう言って、黒のカバンを投げてよこす。


受け止めて、開く。

中には、万年筆が一本。


取り出して手に取る。


「これだけ?」


「あぁ、お前みたいにゴチャゴチャ持っていっても何にもならないからな」


「そうなの?」


「そうだ。重いばっかりで、まるで役に立ちゃしねぇ。

 だから、必要最小限。それが正解だ」


そう、まっすぐ私の目を見ながらいうシリウス。


「わかったら、その役に立たねぇ重苦しいカバンよこせ」


くいくい、と手招きをするシリウス。

どうするべきかわからない。

いつもこういういときに助けてくれるペテルも、今回は黙ったままだった。


万年筆に目を落とす。

ペン先を何度も何度も交換して、使い込まれたそれを見る。


「・・・わかった」


「やっとおバカにもわかったか」


といって、受け取る姿勢になったシリウスめがけて。

クチの開いた黒のカバンを投げ返した。


「っ、何のマネだよ、プロキ!」


「ありがとう、シリウス。心配してくれて。

 でもね、私も、がんばってみたいんだ。

 このペンみたいに。何度も何度も」


「だからそれが間違ってるんだって、何度言ったらわかってくれるんだよ・・・!」


「わかるよ。わからないけど。

 それがどんなに辛い道だって」


「なら・・・」


「でも、それでも、この芯はまだ、折れていないから。

 だから私は、描きたいって、そう思うんだ」


しっかりとシリウスの視線を受け止める。

もうひるまない。


「・・・そうかよ」


やがて、諦めたように視線を落とすシリウス。


「決着はついたみたいだね、シリウス、プロキ」


手すりに腰掛けていたペテルが、タン、とタラップに降りる。


「そして、そろそろこのエスカレーターも終点のようだ」


そう言って、シリウスの膝下にある黒いバッグから。

真っ白なマントを取り出す。


ふわり、と。

もう随分と大きくなってしまったそれで、私をくるむ。


「ボクからは、この本を贈るよ。

 君の旅路が、素敵でありますように」


「ありがとう」


受け取った本と、万年筆をカバンにしまい込む。


「じゃあ、いってきます!」

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エスカレーター 潜道潜 @sumogri_zero

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