彼女は謀る
「あ~動いたなぁ!」
「まだ一個収穫しただけだけど」
「僕には大きな一個さ!」
腰をググッと伸ばして太陽の光を浴びる。最近時間があると友人のところへと来ていた。その友人と会話をしつつちょこっと視線を動かしてみれば畑のほうでエリーちゃんがせっせと野菜を収穫している。より早い周期で収穫できるようにと品種改良された野菜たち。魔法を使えばあっという間だけれど人の手となるとその周期での収穫は大変そうだ。野菜を引っこ抜いたあとはすぐに土を耕し次の種を蒔いている。
ふたり暮らしだからそんな早い周期でなくてもいいだろうけれど、多めに収穫できたときは保存食にしているらしい。目の前にある野菜をチョキン、と切って渡されたカゴに入れていく。自然に決まったのか大体根菜類がエリーちゃん、ウリ科など蔦のものはセイファー、という風になっているような気がする。力仕事がエリーちゃんかぁ、と思いながらもちらりと横目で見てみる。
魔法省にいたセイファーを知っている身としては、今のセイファーはかなり変わった。研究に没頭して部屋からあまり出てこずに寝食すらも忘れてしまう友人。そんな彼が今は健康的な生活をしているし、僕と同じぐらいの細かった腕も今ではすっかりたくましくなっている。肌は元から焼けにくい体質なのかもしれないけれど不健康な色白ではなくなった。
まぁ、腕の太さも肌の白さも一般男性と比べたらまだまだだけど。でも僕達魔術師から見たら見事な変化だった。魔力があり魔法に頼る分体力や筋力、肉体的なものはどうしても劣ってしまう。残念ながら我が国にとって両方を携えている『魔法剣士』というものはお伽話だ。
パチン、と蔦を切ってカゴに収める。僕がそんな考え事をしている間にセイファーは次々に収穫し終えていてカゴがいっぱいになっている。たくましいなぁ、と思いつつちょっと愚痴でも聞いてもらおうと口を開いた。
「聞いてくれよセイファ~、最近貴族から婚約話が舞い込んでもう嫌になってるんだよ」
「それは、ウィルは今や王族お抱えの魔術師だろう? そういうのって貴族の令嬢は放っておかないんじゃないか? よく知らないけど」
「いやまさにそうなんだけど。でも魔法省って独立してるだろう? そんな貴族のいざこざなんて巻き込まれたくないよ。それなのに毎日手紙がどっさりと」
「それは大変だなぁ」
「本当だよ~」
およよと泣き言を言えば同情した表情を向けてくれる。確かにセイファーが言う通り普段も魔物討伐に同行していることもあって、僕の知名度はそこそこ上がっている。そのせいで知りもしないパーティーの招待状なんてものも届くようになったし、見たこともない令嬢からの手紙もどっさり来る。
でもそれは知名度が上がった、ということだけじゃない――僕も同じ歳のセイファーも、もう結婚適齢期だったりする。
「セイファーはどう? そんな話来ない?」
「庶民に来ると思う?」
「……いいなぁ!」
いやいいなぁ! だなんて本来言ってはいけないんだろうけれど。でも僕にとってはわりと羨ましい。深々と息を吐き出しつつ友人の肩に腕を回す。同じ歳なのだからセイファーも同じ悩みを持っていてほしかったところだけれど。
「僕達もうそういう年齢なんだよ。今は来なくても町中の娘さんから声を掛けられるかもしれないよ?」
「ないよ僕にはそういうの。町中の女性はたくましい男性が好みなんだから」
「セイファーもたくましくなってるから」
「一般男性に比べてまだ細いけどな」
あ、セイファーも気にしていたのか、とちょっぴり表情を緩める。それは魔術師である僕達の生涯のテーマかもしれない。
「でもほら、もしかしたら僕みたいに舞い込んで来るかもしれないよ。結婚話」
「あら先生、結婚するの?」
ドサドサ、と音が鳴ったのはセイファーの足元からだ。持っていたカゴを落としてしまって折角収穫した野菜たちが地面に転がっている。前のセイファーなら決して持つことができなかった量だから、数はそれなりだ。
僕達の会話をすべて聞いていたわけではないようだけれど、でも「結婚話」の部分はばっちり聞いてしまったようだ。タオルで顔を拭いつつ野菜を脇に抱えている彼女はセイファーにだけ視線を向けていた。
「え、いや、そういうわけでは」
「僕達も二十歳過ぎてるしそういう話が来るようになっちゃったんだよ、エリーちゃん」
「そっか……そういえば先生もウィルさんも二十歳を越えていたわね」
確かにそうだった、と何やら納得しているエリーちゃんだけどその様子に僕達のほうが首を傾げる。もっと驚くかと思っていたんだけど。でもその様子の理由がわかった。
「貴族って親同士が決めた婚約とかよくある話だから」
エリーちゃん曰く、それこそ十代かもしくはその前に婚約者が決まっていてそれに向けての花嫁修業も決してめずらしい話ではないのだと。顔も知らない相手のためにせっせとそんなことしなきゃいけないなんて、貴族の世界は大変すぎる。ちなみにエリーちゃんにもそういう話があったらしいけれど本格的に相手が決まる前に逃げてきたらしい。
ナイスな判断だ。そのおかげでエリーちゃんとセイファーはこうして暮らしていられるのだから。
「でもそうよね……先生にもそういう相手がいてもおかしくない年齢なのよね」
「いやエリーさん」
そもそもセイファーの場合はここでエリーちゃんとふたり暮らししているから、そういう出会いすらないんじゃない? って言いたいところなんだけど。そのエリーちゃんは唇に人差し指を当てながら何やら考え込んでいる。
「そうなると、奥さんがこの場所に来ることになるのかしら」
「待ってくださいエリーさん」
「そしたら……私ここを出て行ったほうがいいわよね。新婚さんの邪魔なんてできないもの」
「エリーさんっ」
セイファーの声がやや悲壮感漂っている。頑張って止めようとしてるけどエリーちゃんの未来予想図が止まらない。友人のことを思うのであれば僕も止めに入ったほうがいいんだろうけれど、でも面白いからちょっと様子を眺めるだけにする。
「先生にはたくさん助けられたわ。そんな先生の幸せを願っているけれど」
「エリーさん、取りあえず、一旦止まりませんか」
「でも……ごめんなさい。私、先生がいないと少し寂しいわ」
儚く笑ってみせるエリーちゃんに、冷静さを保てなかったのはセイファーだった。
「しません! 結婚しません! しませんから!」
転がっていた野菜をすべて拾い上げるとカゴが落ちないようしっかりと腕に力を入れて、そしてあっという間に家に向かって駆け出していく。セイファー、あんなに足が速かったんだってどうでもいいところに感心している僕の隣から、クスクスと笑い声が聞こえた。
まさかエリーちゃん、とそんな僕の視線に気付いて彼女は笑顔のまま視線を僕に向ける。見たことあるよ、こういう光景。行きたくもなかったけれど王子様から招集されたから一度行ってみたパーティーで。
「エリーちゃん、セイファーに手加減してあげなよ」
「そうね。先生この手の駆け引き知らないもの」
普段は土で汚れている顔を見たりしてるから忘れちゃってるけど、たまにちらっと見える所作とかこういう場面で思い出す。そういえば彼女って貴族の令嬢だったなって。
「セイファーはそういう経験値がないから程々にね」
「ちょっとからかいすぎたかしら。でも私は本音を言ったつもりよ?」
それってセイファーの幸せを願っていると言った言葉だろうか、それともセイファーがいないと寂しいと言った言葉だろうか。もしかするとその両方かもしれないけれど、きっと知っているのはエリーちゃん当人だけだ。
「さ、ウィルさん。そこ一帯しっかりと収穫してきてね」
「……へぇっ? ちょっと、広くない?」
「広くないわよ。いつも先生が収穫しているところなんだから」
キラキラした笑顔でそう言ったエリーちゃんは颯爽と野菜を持った颯爽と家へと歩いて行く。待って待って、ふたつぐらい採って満足していた僕にとってこの範囲はつらいものがある。別に明日魔物討伐に行くわけじゃないけど魔法省での仕事が一応あったりするから。
もしかしてあんな話題をセイファーに振った僕に対する意趣返しだったりする?
セイファーもエリーちゃんも、そんな心配する必要ないのになぁとパチンと茎を切る。ふたりの姿は見えなくなったけど一応ふたりとも魔法を使わず人の手で、っていうところにこだわっているからそれに習って僕も魔法を使わないようにしているけど。
でも気にすることなんて本当にないと思う。セイファーが町中で声を掛けられないのもただたくましい身体じゃないから、っていうわけじゃない。その隣には既に女性がいることを知っているから声を掛けないだけだろうし。
奥さんが来るかもしれない、って言っていたけれどそれはもう絶対にない話だ。まず相手がいないだろう。というか。そもそも相手を探す必要だってない。だって既にもう隣を見ればいるんだから。
自分のことを慕って信頼してくれる人が隣で笑顔を向けてくれる、セイファーにとってそれはとても幸せなことだと思う。大切にしたいと思うだろうし笑顔でいてもらいたいとも思っているんじゃないかな。そうじゃなきゃ不摂生だった生活を改めようとは思わなかっただろうし、解術と浄化の力を融合させようという考えも出なかったはず。
魔術師である自分が女性ひとりを抱えきれるほどの筋肉を付けようだなんて、思わなかったはずだ。
「なぁんだ、結局ノロケだよノロケ。参っちゃうな~」
僕の愚痴を聞いてもらうはずだったんだけど、愚痴を聞いてすっきりするどころか友人とその友人が大切に想っている相手との温かい関係にほっこりしただけだった。まぁそれだっていい、友人が幸せであれば僕だって嬉しんだから。
「結婚式には呼んでもらいたいな~」
未来を想像しながらまたひとつパチン、と音を立てる。これって明日筋肉痛になって腕が動かせないんじゃないかな、って思いながらも彼らの幸せを想像する喜びのほうが勝っていた。
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