【11/23文フリ東京サンプル】僕は神を魅ている
優夢
神は正ならざるとも聖である
その夜、
その場所はたまたま目に入った路地裏で、全くと言っていいほど人通りもない場所だったから、自分以外は気づかないのが幸いにあったように思えた。
雑なブリーチを施した聖也の髪が、夜に溶けず電灯の漏れた光でキラキラと輝く。そのダイヤモンドダストの様に輝く髪が揺れ、信執と目が合った。いつものことだが、どこか遠くを見ているような目だ、と信執は思う。けれどもその顔は血に濡れていた。
それを確認してもなお、普段と同じ調子で信執は聖也に声を掛ける。
「何やってるんですか、先輩」
「ん、信執じゃん」
普段とは何も変わらないような口調で聖也は手を振る。暗がりながらもその手には赤黒い汚れが付いているのが信執にはわかった。きっと、殴り殺したのだろう。
はぁ、とため息をついて、信執は彼の元へ歩み寄る。カサカサとなるコンビニ袋の音が煩わしい。信執は聖也の前に立つと、
「よく平然としてますね、先輩」
と、聖也を呆れるように睨みつけた。が、聖也は物怖じもせずに信執をみた。
「いや、フツーだろ」
「普通じゃないですよ。だってそれ、死んでますもん」
そのまま聖也の足元へ、蔑むように目を向ける。足元に転がっている男はやけに図体が大きく、がっしりとした体つきをしている。服装はスウェットでサンダル。きっと信執のようにコンビニにでも行くところだったのだろう。しかし首はあらぬ方向に曲がっている。そこから流れ出たであろう血も尋常じゃない量だ。これを死体と言わずになんという!
「……マジで?」
「マジもマジ、おおマジです。脈、触ります?」
信執はそのままあらぬ方向に曲がった首に手を当てる。当たり前であるが脈はもうない。血もすでに流れを止め、あったであろう温もりはないに等しかった。
「やだよンなもん。バッチい」
「これをバッチくしたのは誰ですか」
「そりゃ、フッかけてきたらそっちが悪ィだろ。俺は関係ねーし」
ケッと聖也は足元のそれに唾を吐きかけた。どうやら聖也は売られた喧嘩を買っただけらしい。そういえばこの人は買う喧嘩を選ばない人だ。聖也らしいとは思ったが、その結果がこの有様だ。奇跡が起きない限り、彼はこのまま社会的に首を曲げられ殺される。現代社会の制裁が聖也に襲いかかることが、信執にとって一番危惧されることであった。
「……ともかく。どうするんですか、これ」
「どうするって、どーすんの?」
そんな信執の気も知らず、悪気もなさそうな聖也はこれ、の言葉と共に、その死体の足元を蹴った。ゲシ、と蹴っても死体はもう微動だにしない。
「耐久力ねーのが悪いんだろ」
「そうもいかないですよ。現代社会、正当防衛であれ殺した方が悪いんですから。運転手がしっかり確認したところで、突然子供が出てきて殺してしまったら、運転手が全責任を負うんですよ」
まぁその旨説明したら、罪は軽くなるんじゃないですか? と鼻で笑えば、聖也に睨まれる。何度も経験はしているが、その睨みは本能的に恐怖を感じる。前世はヤクザの頭領だったのではないだろうか、と思うが、それを言ったら半殺しにでもされる気がして、一生口には出せない。
「冗談ですよ」
苦笑いでため息を吐く。そもそも元から信執は聖也をお縄に掛ける気など更々ない。そうであったら夜の路地裏が目に入って、死体と共に佇む彼を見つけたところで、「なにやってるんですか」と声などかけはしない。
信執はただ、渋谷聖也を救いたいだけなのだ。
「捨てに行きましょうか」
信執は死体の側から立ち上がると、聖也と目を合わせた。死体を捨てる、と言ったところで聖也には全く同様が見えない。ただただ遠くを見てるような目を、信執は真っ直ぐ見つめていた。やや間を開けて、聖也はハッと吐いてから口を開く。
「んで、アテはあんの? あんなデケーの運ぶのだりーし」
「僕、車持ってますよ」
「どこ止めてんの? 場所によっては話変わっけど」
「アパート、すぐ近くなんですよ。そこの駐車場です。すぐ持って来れますよ?」
そこで今まで全く動揺を見せなかった聖也の目が丸くなる。
「……気味わりぃほどに都合がいいな」
「僕としては都合が良くて助かりました」
そのまま聖也の横を通り、信執は表の路地へと向かう。
「僕が来るまで大人しく待っていてくださいね」
聖也に向かってそれだけ言うと、信執は明るい街に向かって消えていく。聖也とは違い、色を抜いたことも染めたこともない黒髪は、街灯の明かりで天使の輪のようなキューティクルを顕にさせた。
自分の姿など側から見えない信執はただただ、家路を急ぐ。ガサガサと鳴るコンビニの袋は相変わらず鬱陶しい。その中のあんまんはもうとっくに冷めている頃だろう。しかし信執にとってその事はどうでもよかった。
死体も、彼の罪に手を貸すのも、自分が一体どのようなことをしているのかも関係ない。
なんていったって今、渋谷聖也を守ることができる快感に震えていた。
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