第3話 アベンジャーお嬢様☆どん底限界大学生

 室内に、くぅと響く音。

 誰かの空腹を知らせてる。


「朝飯、作ろうか」


「……」


 裸になっても赤面しないのに、腹の音は恥ずかしいのか耳まで真っ赤。自分なぞ彼女相手に痴態ちたいしかさらしてないというのに。


 少し良いとこ見せたいし、料理くらい振る舞おうじゃないか。


「待ってて、なんか簡単に作るよ」


「……オネガイシマス」


 ありゃ、むくれちゃった。


 冷蔵庫を開けると僅かな食材。正直、食費もカツカツ。一日三食、食べれれる日など無い。


 満たされない空腹は手持ちの乾パン(賞味期限切れの廃棄品)を食べ、大学食堂にある無料コーヒーを飲み、腹を膨らませるが俺の日常。しかし客人にそんな下層社会を体験させる訳にはいかない。


 貰った品質的に怪しい油を引き。普段なら一週間のご褒美用に買っていた卵を素早く溶いて、フライパンに注ぐ。


 農家にバイトに行った際に、貰った米を炊き、野菜を洗って作るは『限田かぎりだ流・ご機嫌な朝食』。ご飯・オムレツ・サラダ。ついでに彼女の分には干し肉をサービスして。和洋入り乱れてるのは勘弁してほしい。


「すごい」


 身体を壊すまで働いたバイト経験が、今やっと報われた気がする。


「うっ(泣)」


「え、ガチ泣き?」


 料理してる間にしっかり整えたであろう彼女の服装。

 晒された肩に目が行きそうになり、逸らす。


「いただきます」


 正された背筋に正座。そして合掌。

 仕草とは、育ちの良さがにじみ出る最もたるものだろう。


「……いただきます」


 胸中にチクりと感じたのは彼女への劣等感だろうか。彼女の仕草に習う。


「ん、」


 彼女が口に含んだのはオムレツ。

 

「口に合わなかった?」


「お、おいしい」


 じんわりと胸の中に温かさが広がる。

 あぁ、嬉しいなぁ。


「ハッ! これが、感情……」


「いきなりどうしたの」


 今なんかとても大事な物を思い出しかけてた気がする。


「そういえば復讐っていってもさ、具体的に何するの? 君のお父様を殺せばいいの?」


 忘れかけていた本題を話そう。


「ビー玉みたいな目で物騒なこと言わないで欲しいわ」


 若干引き気味な御堂みどうだが、復讐っていうからにはそれなりの事をしでかすのだろうなと勝手に思っていた次第。


「んー、取りあえず御堂酒造を乗っ取ろうと思ってるの」


「ほうほう」


 御堂酒造みどうしゅぞう

昨年の売り上げは628億円、かなりの事業規模を誇る大企業といえよう。その歴史は古く、初代は江戸後期から酒屋を営んでいたとか。


「ん? でも現社長の娘なんでしょ、会社譲ってくれるんじゃないの?」


「私、愛人の子供だから」


「うわぁ、へびいだあ」


 しまった、地雷を踏んでしまっただろうか。


「ちなみに私のお母さんは三番目の女だったそうよきらーん!」


「いやきらーんやないのよ」


 なんか大丈夫そうだな。


「まさか、本妻との間の子供と……」


「当然、確執かくしつがあるわ。二番目の方とは仲が良いわ!」


「どこからツッコんでいいのか分かんねぇや」


だなんて、一体をどこに突っ込むのかしら。きゃっ♥」


「ちょっと、お黙り」


 この子すぐ下ネタに繋げてくるぅっ!!!


「そっちは?」


「ん?」


「あなたは何をやり直したいの?」


「ん~」


 言われてみれば具体的に何をやり直したいか……


「過去かなぁ」


「タイムマシンはまだ開発されてないのよ」


 全く、青い猫型ロボットはいないものか……

 

「生きたいんだよ」


「別に生きてるじゃない」


 何を言ってるのかといった御堂の表情。


「あ~、まぁ君も話してくれたしなぁ」


 左目をおおう眼帯を外す。


「ワアォ」


 彼女が声を漏らしてしまったのも無理はない。

 癒着ゆちゃくしかけたまぶたをこじ開け、そこには本来有るはずの物。眼球が無かったのだから。


「親の借金があってな、そのカタに左目と腎臓の片方を売り払われちまって」


「なかなかにへびいじゃない」


 俺の言い方を真似まねたふざけた言い方。


「ぎゃはははははは!」


「あははははははは!」


 口を開けっぴろげて、目をき、腹を抱えて笑う。普通、こんなことを友人間で言おうものなら引かれてしまう。それを茶化し、ふざけ合う。久しく忘れていた、この感じ。あぁ、楽しいな。


「あ、それといい?」


「ははは。ん、何?」


「私をあなたの彼女ってことにしてほしいのよ」


「へっ、へ~」


 ふたたびの動揺。

 アブね、意味分からんタイミングで決め台詞言うとこだった。


「クソみたいな婚約者がいるから、その縁談を破談させて欲しいの」


「あ、お父様に強制させられた感じ?」


「そうそう。ろくに父親として接してこなかったくせに、妾の子の結婚にすら口出ししてくるのよ」


 うえっと舌を出しつつ、どこか楽しそうに御堂は語る。


「ほんっと、私を道具としか思ってないんでしょうね……あっ、そっちの意味じゃないからね? 大人なオモチャ的な感じじゃないから」


「おかしいな。今しんみりする流れだった気がするんだ」


 そういうことか。

 御堂が置かれてる大体の状況は把握できた。


 つまりは、俺はこれから婚約破棄の為に偽装彼氏やれば良い訳だな。婚約破棄、最近流行ってるもんね。


 御堂はうなずくとそっと目を閉じ、しばらくして開く。


『んんっ……あっ、あっ』


 隣室から聞こえる、生活音(意味深)。


「「……」」


『んっ…ひぎぃぃ…………んほォォォ!!』


 嬌声きょうせいとリズミカルな肉弾音。

 フィニッシュかな?


「壁、薄いのね」


「ああ~! エッチの音ォ~!!」


 それとなく隣人に気付かせるために、大声を出してみる。選ぶワードを壊滅的にミスった気がする。


「ふ~ん、エッチじゃん」


「それ俺の台詞ぅ!」


 御堂に決め台詞を取られた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る