ふーん、エッチじゃん。~失言から始まる限界大学生と激重ヤンデレお嬢様の人生やり直しラブコメ~

春菊 甘藍

第一章 どん底編

第1話 失言、朝チュン

 暖かな陽光が、穴だらけのカーテンから差し込む。照らし出されるのは、汚く散らかった1K六畳間。


「ふわぁ」


 鼻の奥に広がる酸っぱい臭い。

 ズキズキと頭が痛む。


 小鳥のさえずりすら鬱陶うっとうしい。


 完全な二日酔いの症状。

 でも眼前の光景が、


「は?」


 全てを吹っ飛ばした。


「なっ……」


 女性だ。

 何故か部屋に女性がいる。


 一応毛布は羽織っているが、肩は丸見え。

 すらりと伸びた足が毛布で隠せてない。

 

 眩しいばかりに白く研ぎ澄まされた柔肌。

 二日酔いのせいか、複数の色が見える長い髪。


 絹のように柔らかそうな髪に隠れていたのは見とれる程の美貌。


 少しつり上がった目は勝ち気な印象を彼女に与え、少し高い鼻と小さくすぼめられた口が可愛らしさも兼ね備えてる。


 周囲を見渡すと脱ぎ捨てられたと思しき、彼女の服。自分は何故か下はきちんと履いていた。


 先程から規則正しい寝息を立て、彼女はまだ起きる気配が無い。つか寝顔をみちゃった、やったぁ。


「フッ、これが朝チュンってやつか……」


 これで俺も大人の階段を、


「いや、違う!!」


 突如取り戻した理性の警鐘アラート


「まず情報を整理しよう」


 まるで探偵のセリフ。

 女を連れ込み、酒で記憶が飛んだ男のセリフとは思えない。


 アルコールに侵された脳を叩き起こし、定かではない記憶をさかのぼる。


 そう、俺は限田義一かぎりだぎいち

 大学二年生。


 しかもクソみたいに貧乏な限界大学生というやつだ。


「この子は、誰だ?」


 俺は生まれてこの方、彼女などというモノは都市伝説だと思ってきた童貞だ。必然的にこの子は初対面かそこらで連れ込んでしまった可能性が高い。しかも酒の勢いで……


「さ、最低過ぎる」


 部屋に転がった焼酎瓶しょうちゅうびん

 『文香』という文字が見える。

 

「これは……」

 

 そう、思い出した!


『ふーん、エッチじゃん』


 辿たどった記憶、かろうじて覚えていたアホみたいな失言。



 確か、友人に誘われ来た飲み会。

 行って見れば見知らぬ女性が四人ほど。


 これ、まさか……


「合コンか?」


 友人に聞く。


「たまにはいいだろ?」


「おまえっ(泣)」


 メンツは男女、四対四。

 近くの女子大の子達を誘ったのだとか。


 嫌だった訳ではない。

合コンなど行った事も無い人生だったから。ただ友人に女子とのツテがあった事に何か置いて行かれた感がいなめない。


 辛いけど、否めない……


「王様ゲーム!」


 女子慣れして居る友人の提案。

 でもお前、彼女いなかったっけ?


 割り箸に書かれた数字と王冠。

 提案者の男が握り、参加者達がくじ引きと同じように引いていく。


 三番か。


「私だ~」


 肩まである緩くカールした明るめの金髪。

少し垂れた目が優しげな印象を与える女の子。


ゆるふわガールってやつだろうか。

俺も負けてないぞ、主に倫理観がゆるふわだ!


「三番と五番の人、今までの恋愛経験は?」


 わァ、距離感がおかしいよぅ。


「三番……な、無いです」


 言うと同時に屈辱のあまり、運ばれて来た焼酎を一気に飲んだ。


「す、すご」


「やばぁ」


「みんなは真似しちゃだめだぞ☆」


 汚らしい擬音が聞こえてきそうな、ぎこちないウィンクをかます。


「うわぁ……」


 茶目っ気全開にしたのに引かれちゃったよ。

 金髪さん、ドン引きやん。


 心を血に染めて、悲しみを背負ったのでもう一杯、頼む。


御堂みどうの焼酎、好きなの?」


「ん?」


わぁ、女の子に話しかけられたぁ。


 向かいの席の女の子。

 インナーカラー、というのだろうか。黒をベースとした長い髪の中に青を始めとした複数の色が見える。少しつり上がった目に猫のような印象を抱く。


 その表情は冷たく、氷のよう。

 彼女は、どんな顔で笑うんだろう。


「あ、ああ。好きさ、特に『文香』は最高だぁ! キレの良い飲み口。麦独特のほのかな香り。飲み終わった後に来るかすかな酔い。これ以上の酒を俺は知らないね!」


 地元の有名企業、御堂酒造みどうしゅぞうの主力商品にしてオリジナルブランド銘柄『文香』。


 二十年前くらいに出てきた新しい銘柄だが、酒を飲まない若者が増える現代においても高いシェアを誇るこの地域の特産物だとか。


「そう」


 スーパードライな反応。

 好きなモノを語る時になるオタク特有の早口が彼女の不快指数を上げてしまったのか……


「焼酎の酔いはかすかじゃねえ」


 友人が大事な訂正を入れてくれる。


「そうだよね、度数三十パーセントあるもんね……しかもストレートで」


 金髪さん、そんな目で見ないで……

 人生初の合コンは序盤から盛大に失敗。


 帰りたいンゴ(泣)!


「五番の人は~?」


 他の女子は興味を無くしたのか、次へと回す。


「私だ」


 先程のインナーカラーの子。


「恋愛経験は無いわ」


「「「え、マジ?!!」」」


 女子ズだけで無く、男子一同も驚愕きょうがく

 街中を歩けば男が振り向いてしまう程の美人。

 

 本当に偏見で申し訳ないけど、キープの男が二、三人はいそうだと思っていた。まぁ、でも『女の嘘は化粧のうち』とバイト先の先輩に聞いたことがある。話半分くらいで聞いておこう。


「え、じゃあ俺が彼氏に立候補しちゃおうかな!」


 今日来た中でも一番女子慣れしてるイケメンは、


「じゃあ、これくらい飲める?」


 彼女の言葉と同時に机に運ばれてきた『文香』の一升瓶いっしょうびん。その二割ほどまで減らし、イケメンは撃沈した。


 インナーカラーの彼女も同じくらい飲んでいたのに顔色一つ変えてない。


「フッ、お可愛いこと」


 す、すげえ。

 ちなみに俺は勝負を見ながら、羅生門の老婆の如く残ったお酒を頂いていた。


 美味うめえ!

 

「うっ」


 顔色青紫になったイケメンをトイレに運ぶ。


「もう少しだ。耐えろォ~」


 間に合った。

しかし『文香』は焼酎にしても高いアルコール度数がネックだと個人的に思う。


「ねー、どう。今回のは?」


「お?」


 トイレ壁面、恐らくは女子トイレからの声。

 そしてこの声は、金髪さん。


 これ噂に聞く『合コントイレ女子会』!

 合コンに来た男子達はここで密かに品定めされるのだとか。


「ふみちゃんが潰したあのイケメンはダメだね。あの感じはいるわ。ヤバめなのが」


 すげえ、分かるんだ!

 確かにあのイケメンの彼女は地雷系マインな人だった気がする。


「幹事やってるあのお調子者は?」


 今日、俺を誘ってくれた友人の事だ。


「わたしは無いな~」


「あたしはアリかも」


「マジ?」


 あいつ友人の魅力に気付くとはやるじゃないか。陰キャで限界大学生な俺にも分け隔て無く接してくれる良いヤツだ。今日の飲み代も半分あいつが持ってくれている。俺が孤立しないよう計らってくれてるのだ。


「一回も喋ってない端にいた子は?」


「何か……ショタって感じだよね」


 同じゼミの先輩。

 童顔、小柄な体格のせいで毎回飲み屋で年齢確認をされている。


「ウチ狙ってもいい?」


 何ィィーー?!

 合コンでカップル成立などあり得ないはず……


「あの眼帯がんたいは?」


 俺のことだ。

 一身上の都合ってやつで左目に眼帯をしてる。


「ナシね」


「ナシだね」


「あり得ないよね」


「……そうね」


チッキショーーー!!

満場一致かよォ。


「てか、ふみちゃん彼氏いなかったの?」


「そうよ」


 この声、あのインナーカラーの子か。


「意外~」


「私の酒に付き合えない男に興味は無いわ」


 あのレベルはロシア人じゃないとダメなんじゃないかな。


「ふみちゃん、それロシア人じゃなきゃ無理じゃないかな」


 金髪さんも思ったか。


「あの眼帯めっちゃ飲んでたよ」


「でも何かアイツヤバいじゃん」


「眼帯って、中二病かよ(笑)」


「……」


 うぅん、人は見た目が百パーセントってやつか。あ、俺は性格もアウトかもしれない。でも眼帯ないとなぁ……まぁ、いいや。


 世知辛いンゴ(泣)!


 彼女らが戻った後を見計らい、席に戻る。

 イケメンはタクシーを手配し、帰らせた。


「ハァ」


 ため息も出ようというもの。


「ねぇ」


「へ?」


 何かと振り向けば、インナーカラーの女の子。イケメンが居なくなった空席に彼女は座っている。


「どしたの?」


「いいバー知ってるんだけど、行かない?」


 顔が近いんじゃあぁ。


 耳元で囁くようにお誘い。

 財布を確認。


 まぁ二、三杯なら大丈夫か。


「いいよォー」


 自身のゆるめな言葉から、酔いが適度に回ってる事が分かる。友人達も行くモノと思い、会計を済ませ外に出る。


「行こうか」


「あれ?」


 まだ誰も来てない。


「どうしたの?」


 え、まさかこれ……

 二人きりサシですか?!


「いや……行こう!(思考停止)」


 のこのことついて行くと、おしゃれな雰囲気のバー。奥に客が一人。スーツのような制服を着た女性店員が二人。


 颯爽と店内に彼女が入っていき、慌てて追いつく。


「あら。ふみちゃん、おひさ~」


「おひさ、ジンのストレートちょうだい」


「は~い」


 彼女が振り向き、その長い髪が揺れる。


「あなたは、何にする?」


「……『文香』のロックで」


「フフッ」


 今までずっと仏頂面だった彼女が少し微笑む。その瞬間、灰色に見えていた世界が色付くような錯覚が見える。


 酔いが回り過ぎたか?


「そういえば君、名前は?」


限田義一かぎりだぎいち


「……私は、御堂文香みどうふみか。よろしく」


 ん、御堂みどう

 どこかで聞いた事がある名前……


 アルコールで機能不全な脳内検索は目的の記憶を探し出してはくれない。


「暑い」


 彼女は羽織っていた薄いカーディガンを脱ぐ。

 オフショルダーと呼ばれる肩や鎖骨付近が露わになった服。


 長い髪がまた揺れる。

 鼻孔に感じる匂いは酒じゃない。


「ふーん、エッチじゃん」


 低下した思考力があらぬ回答を口走らせ、記憶はそこで途切れてしまった。





 そうだ、二次会までは覚えてる……


「んぅ」


「ハッ!」


 今まで寝ていた彼女が起き上がる。

 

「おはよ」


 寝起きで、乱れた髪。

 トロンとした表情。


 その声は、意外にも低め。


「なっ!」


 毛布が落ちる。

 目に映ったのは、生まれたばかりと同じ姿。


 つまりは裸。

 長い髪に隠れてありがたいふくらみが二つほど。


 悪くない(暗黒微笑)。


「カハッ」


 変なせきが出る。


「ちょっと、大丈夫?」


 咳を心配し、近づいてくる彼女。

 どこだ思っていたやかましさは自分の心音だと気付く。


 あぁあ~心臓がぴょんぴょんするんじゃ~。


「あうあうあうあ」

 

 壊れたCDのような俺の声。

 なまめかしく唇を動かし、濡れたような彼女の吐息。


「ふーん、エッチじゃん(イケボ)」


 また失言した。




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