第51話 ノッカー鉱山へ


 食堂へ戻り、野菜をベーコンと合わせて煮ていると、ドアを開けてアブソレムが入ってきた。

いつもと同じに見えるが、どことなくさっぱりした表情をしている。

きっとお風呂に入ったからだろう。

グラスに水を入れて手渡すと、彼はそれを素直に受け取って飲み干した。

「アル、まだいたのか」

アブソレムはインゲン豆のスジ取りをしているアルの向かいの椅子に腰掛けた。

彼は手慣れているらしく、手早くスジ取りを終えたところだった。

良いところのお坊っちゃんのはずなのに家事が得意なんて、不思議な人だ。

「うん。アリスがメシ作ってくれるって言うしさ。食べたら帰るから、どっか行くならついでに連れてくよ」

わたしはスジ取りの終わったインゲン豆の皿を受け取り、バターで軽く炒める。

アブソレムはアルの手を取って脈を測り、目を覗き込み何やら診察していた。

「君は丈夫だな。あれだけの加護を使ったのに、もうここまで動けるとは」

難しい顔をして診ていたアブソレムが手を離し微笑んだのを見て、わたしもアルもホッと胸をなでおろす。

診察が終わったのを見計らって、スープとインゲン豆のソテー、パンとチーズを皿に盛ってそれぞれの前に置いた。

わたしとアブソレムがいつもの通りフォークを持つと、アルは両ひじをテーブルの上に置いて手を顎の下で組み、お祈りを捧げた。

「我らの父ミナレット。あなたの慈しみに感謝し、この食事をいただきます。預言者を探し出せるようお導きください」

ポカンとお祈りを眺めていると、祈り終えたアルはニカッと笑ってフォークを取った。

「うまそうだな、食べようぜ」

 

「ミナレット派は食前の祈りがあるのね」

スープを飲みながらわたしがそう話しかけると、アルはパンを千切りながら答えた。

「そうだな。ミナレットは他の宗派と比べても、特に祈りが多いと思う。食事の時だけじゃなく、毎日時間毎に祈るんだ」

「え!そうなの?それはすごいわね」

アブソレムはわたしたちの会話を全く興味なさそうに聞いている。

「うーん、まあ生まれた時からだから特に違和感を感じたことはないけど、祈りの時間と仕事の予定が被ってしまうとちょっと面倒だな。預言者が現れてくれたら、少しは減るんだけど」

預言者。

そういえば少し前に、アルは妖精に預言者について尋ねていた。

妖精とはうまくいかなかったみたいだけれど、その後も懸命に探しているようだ。

わたしがなんて声をかけたらいいのか迷っていると、アブソレムが「ああ、しまった」と言って背もたれに寄りかかり頭を反らせて天井を睨んだ。

「なに、どうしたの?」

「預言者で思い出した。アドリナートに連絡をせねばならないのを忘れていた」

アドリナートって誰だっけ?確かに聞いた覚えはあるけど……。

わたしがパンを持ったまま首を傾げて思い出していると、アルが口を出した。

「そうだった!アドリナート王子に会うのなら、その前に俺の願いの魔石を作った方がくないか?護身のためにも……。いつ作るんだ?俺も来ないといけないし」

アルの言葉で、頭の奥底から記憶を引っ張り出すことができた。

 

 アドリナート・ペルシアは隣国の王子さまだ。

サムージャからの頼みで、アドリナートに面会しないといけないのだ。

なんでも隣国のペルシア国は、魔法使いがいない国だとか。

表向きは挨拶がしたいとのことだが、もちろん用件はそれだけではないだろう。

アブソレムも珍しく警戒しているし、アルも護身のために早く願いの魔石を作れと言う。

もしかして、危険があるのだろうか。会うのが少し憂鬱だ。

 

 しかし魔法使いになると向こうから人が寄ってくるとアブソレムは言っていたが、本当にその通りだ。

わたしはここ最近に出会った人たちの名前と加護をひとつずつ思い返す。

ミナレット派のアル、クロス派のトーマ。ロータス派のアニとアカラ。

そしてアニとアカラの迎えに来たミナレットの者が、もしかしたら預言者かもしれない、とアルは思っている。

しかし、魔法使いであるわたしとアブソレムは彼が預言者でないことを知っている。

預言者は加護の力が強すぎて、魔法使いには精霊や妖精の姿になって見えるらしいのだ。

あの青年には何の精霊の姿も見えなかった。つまり、彼は預言者ではない。


 アルが探し求めている人物を見分けることができるのに、それを伝えられないのはとても残念だし、割り切れない。

しかし伝えてはいけないという決まりは破れないので、わたしは何も言えず黙ってもそもそとパンを食べた。

「そうだな。まずは一度先に会ってみないといけないが、願いの魔石はなるべく早く作った方がなにかと良いだろう」

「そうは言っても相手は王族だろ?そんなに早く予定が組めるもんかね」

アルは最後のインゲン豆を口に放り込んだ。

彼もアブソレムに負けないくらい食べるのが早い。

「予定が空くのは明後日しかないな。それで無理なら半月後になると手紙を送ることにする」

そう言うと、アブソレムはお茶のお湯を沸かすためにアピの火を起こした。

アルはわっはっはと笑いながら皿をまとめて片付ける。

「そりゃ、体良くお断りってやつだな」

「当たり前だろう。ただでさえ最近忙しくて落ち着かないのに。なにかと血の気の多い隣国のトップを呼ぶなんて、頭の痛いことは御免だ」

ふたりが食べ終わってしまったので、わたしは急いでスープを飲んだ。

 トルニカ派とクロス派は、二年前に一度争いを起こしている。

アブソレムは、そんな渦中の者を迎えるのは嫌だと言っているのだ。

「アリス、食べ終わったらお茶を入れてくれ。私は店の方でアドリナートに手紙を出してくる」

そう言うとアブソレムは早足で出て行った。

その後ろ姿を見送りながら、アルが「あいつ、倒れないといいけどな」と呟いた。

 

 お茶を飲んでから、わたしたちはアルにケルンの街まで送ってもらうことにした。

パンもバターも買い足したかったので、ルンルンで身支度をする。

魔石袋を手に取り、足りない石を補充した。

知恵の日を経験したせいで、すっかり魔石袋が手放せなくなってしまった。

ケルピーと対峙したあの時、魔石を持っていなかったらと思うとゾッとする。

少し重くなるけれど、各魔石ふたつずつは持っていたい。

わたしが表に出ると、二人は既に並んで立っていた。

「ごめんなさい、お待たせしました!」

そう言って二人と手を繋ぐ。

加護で移動するのにもやっと慣れてきたようだ。

「ケルンの街で何をするの?」

わたしの問いに、アブソレムはそっけなく答えた。

「魔石作りの職人に会う」

それを聞いた途端、ミナレットのものすごい風が私たちを包み込んだ。



 ミナレットの風が周りから吹き去るように消えた時、わたしたち三人はケルンの街の市場の外れに立っていた。

階段を踏み外した時のような不思議な浮遊感がまだ足に残っている。

箒で飛ぶのも歩くより何倍も早いが、ミナレットの風移動は本当に一瞬で到着してしまう。

この移動法があるから、この世界では電車や車などの移動手段が発達していないのだろうか。

まるでどこでもドアみたいだ。

風で乱れた服の裾を払いながら、周りを見回す。

どうやら前に市場へ来た時とは逆側に着いたらしい。

入ってすぐに店を構えていたスパイス店は見えず、野菜や果物、魚などの生鮮食品の店がずらりと並んでいた。

 

 わたしは食堂のからっぽの冷たい石の冷蔵庫を思い出し、さあ何を買おうかとにわかに浮き足立った。

まず肉か魚、そしてバター、パンは絶対にいる。

野菜は庭にあるから良いとして、卵も欲しい。

ミルクは手に入るのかしら?ミルクがあれば、シチューが作れるんだけど。

市場をぐるりと眺め、行きたいお店を決める。

少し奥まった所には布地や籠、靴を売っているお店もある。

一際キラキラと輝いているあのお店は、魔石売りだろうか。

市場の端まで眺めたところで、背後にそびえる大きな門に気がついた。

立派な石造りになっていて、高さはビル3~4階分くらいありそうだ。

門の横から螺旋階段の入り口が見える。

首をぐっと後ろに反らして上を見ると、一番上層の部分が見張り部屋のようになっているようだった。

窓が数個確認できる。

確かスパイス店側の入り口は、大きな水場のある街の広場につながっていた。

そちらにはこんな門はなかったはずだ。

たしか、アブソレムは「市場は街の中心」と言っていたから、門の向こうにも街は続いているはずだ。

では、この門は一体何を隔てて、そして何を見張っているのだろう?

「門が気になるか?」

わたしが不思議そうな顔をして門を眺めているのに気がついたらしく、アブソレムが尋ねた。

「うん。気になるわ。一体なんの為の門なの?」

「何だと思う」

質問に質問で返されて、わたしは先ほどの考えを述べた。

アブソレムはわたしの話を聞いて、「なるほどな」と独り言のように言う。

「概ねいい線言っている。それではヒントだ。門には何が見える?どんな門だ?」

そう言われて、改めて門だけをじっと見つめる。

 

 どんな門って言われても、普通の門よ。

すっと大きくて、上部が丸い。

石の壁をくりぬいたような作りになっている。

「うーん、大きな門よね。縦にも大きいから、きっと何かを馬車に載せたりして運搬できるわ。あと、門番がいるわね。4人見えるけど、こっち側には背を向けている人がいるわ。ということは、向こう側から来る人を見張っているのね?」

アブソレムはうんうんと頷いているが何も言わない。

まだ目当ての回答は出せていないようだ。

わたしは腕組みして、より一層頭を回転させた。

「あと……ここからはよく見えないけど、上に鉄の鉄格子の門が収納されているみたい。閉まる時があるのね。でも、門から見える向こう側も、普通の街に見えるわ。建築物もこちらと変わらないし。」

わたしはアブソレムの顔を、ため息とともに上目で見た。

「だめ。降参だわ。何の為の門なの?」

アブソレムは口元だけでにやりと笑いながら、門を指差した。

「ここから先では魔石を扱える。この門からこちら側では、魔石は持ち込み禁止だ」

「そんなの分かるわけがないじゃない!」

 わたしは頭をぐわっと掴んで叫んだ。

魔石の有る無しを隔てているなんて、そんなの前の世界には無かったもん。

わからなくって当然よ!

 アブソレムの勝ち誇った顔が憎らしくて、わたしは地団駄を踏んで悔しがった。

「そんなに怒らなくてもいいだろう」

彼はニヤニヤ笑いを隠そうともしていない。

「いいえ!残念がっているだけです。で、どうしてここから先は魔石を持ち込めないのっ?」

「この門を背にしてまっすぐ街を抜けると、王都へ続いている」

その言葉でピンときた。

「魔石を持ち込めないのは、この街じゃなくて王都ってことね?」

「そういうことだ。王都へ続く道には、ここを初めとしてまだ幾つか門がある。その度に魔石持ち込みのチェックが厳しくなるんだ。城門から先は、アピの火でさえ持ち込めない」

わたしはポケットの中の魔石袋を上からそっと押さえた。

「どうして魔石がそんなに厳しく規制されるの?」

「いくらでも魔力を貯めておける魔石は、それだけで驚異だからだ。逆に言うと、魔石を持っていなければ人ひとりの加護の力なんてたかが知れている。何らかの攻撃にあったとしても、加護を使い果たしてしまえば動けなくなる」

加護を使い切って動けなくなったリュドの姿を思い出した。

魔石がなければ誰が攻めて来ても、城の守りでどうとでもなるということだろう。

前の世界とは違う警衛の仕方に、わたしは感心して手を打った。

「なるほどね。勉強になるわ」


 その言葉に、後ろからアルが呆れた声をかけた。

「お前たち、いつもそんな会話してるのかよ?」

そんな会話ってなによ、と言って振り返り、アルの姿を見てギョッとした。

彼はもう腕にいくつもの重そうな袋を抱え、肩にはビーズの縫い込まれた刺繍いっぱいのストールまでかけている。

「もうそんなに買い物したの!?」

「違うよ。みんながくれるんだよ」

アルは地面に荷物をどさっと置いて、腰に手を当てて伸びをした。

「アルは人気者なんだ」

アブソレムがいつものことのように表情も変えずにそう言った。

それにしてもすごい荷物だ。

食料もたくさんあるから、もうこれだけで食べていけそう。

わたしはアルのストールを見て、ひとつ質問を思いついた。

「アブソレム、魔石はこっち側じゃ持ち込めないのよね?じゃああっちのきらきらしたお店は?」

少し奥まった場所にある一際輝いているお店を指差す。

「ああ、あそこはアピの火を売っている。この街はまだ一般的な民家も多いし、規制と言っても一番緩いから、アピの火などの生活用に特殊加工された魔石に限った売買は可能なんだ」

 

 わたしはなるほどなるほど、と独り言を言いながらノートを取り出す。

「ケルンの街」という頁を作り、そこに今聞いたことを箇条書きで纏めていった。

アブソレムはわたしがノートを纏め終わったのを確認して、門に向き直る。

きちんとノートを取り終えるのを待ってくれるところが、彼の優しいところだ。

「それでは門の向こうに行こう。あちら側はノッカー鉱山だ」

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