第33話 竜狩りの準備

朝食を食べると、休む間も無く収穫した薬草の加工を始めた。

アブソレムは研究室に行って、なにかをどうにかして抽出するらしい。

抽出が一体どんなものなのか見てみたくてついて行こうとしたが、「君は煮出しをやれ」と置いていかれてしまった。

ちぇ。見てみたかったのに。

きっと研究室にあった、あのぐねぐねのガラス瓶を使うんだろう。

仕方ないので、割り当てられた仕事を順にこなしていくことにする。

アピの火を二つ並べて燃やし、どちらにも大量の水をいれた鍋をかける。

湯が沸いたら、片方にはホーステール、もう片方にはバーベインを入れて煮出していく。

ぐつぐつと煮立っている鍋を眺めながら、マグワートをすり鉢に入れて擦る。

午前中の窓からの光はまだそこまで強くなく、開けっ放しのドアから庭の風がさらさらと入ってきていた。

魔法使いの仕事って、思っていたよりもずっと地味よねぇ。

わたしはすり鉢の中のマグワートのすり加減を見ながら思う。

庭仕事をして、収穫した薬草を煮たり漉したり干したりする。

魔法使いというよりも仙人って感じだ。

今まで読んだ本の魔法使いたちは、杖を振って呪文を唱えたり、魔獣を従えたりしていたのに。

アブソレムは、空を飛ぶのも軟膏を使うし、庭にいるのは魔獣ではなく、ただのカエルだ。

魔法使いと聞いて期待していた生活とはかけ離れていて、少し拍子抜けするような気持ちもある。

「でもわたしはここがいいわ」

マグワートをすり終えて、小瓶にうつしながらポツリと呟く。

今、好きな方を選べと言われても、杖が使えて戦える魔法使いの世界より、この仙人のような魔法使いの世界を選ぶだろう。

薬草を覚えて、育てて、人の悩みを聞いて、それを育てた薬草で解決していく。

そういう地味な日常が、わたしには性に合っているようだ。


「地味で悪かったな」

いつの間にか食堂に入ってきていたアブソレムに突然そう声をかけられ、驚いて振り返る。

「えっ、聞こえてた?」

「ブツブツと独り言で文句を言うとは、良い性格をしているな」

しまった。どうやら口に出ていたらしい。

聞かれているとは思っていなかったわたしは、慌てて言い訳しようとする。

「文句じゃ無いのよ、ただ……!」

「まあ、ここが気に入ったのならそれで良い」

アブソレムはわたしの言い訳を遮ると、持ってきた小瓶をテーブルの上に並べ始めた。

薬草の抽出液らしい。

「そちらは終わったか?」

「あ、うん。あと漉すだけよ」

「手伝おう」

湿布薬を作った時と同じ要領で、濾しとっていく。

これでバーベインとマグワートの準備も終わった。

テーブルの上に小瓶と共に並べて、蓋をあけて冷ましておく。

「よし。あとは魔石の準備だな」

ずらりと並んだ薬草の加工品を数えて、アブソレムがふうと息をついた。

結構な量だけど、これをどうやって持っていくんだろう?

背負い子のようなものでもあるんだろうか?

魔石のある研究室へと向かいながら、わたしは背負い子を背負ったアブソレムを想像して吹き出してしまった。


研究室に着くと、魔石の箱を机に並べる。

5色の魔石が並んでいる様子はキラキラしていて眩しいほどだ。

「今回はクロス派の討伐隊と共に狩りにいくので、危険は少ないと思われるが、念のために君にも少し魔石を持たせることにする」

魔石を持つという意味がわからなくて、わたしは首を傾げて説明を待った。

「もう知っていると思うが、この魔石は既にそれぞれの加護を分け与えられている。使い方はアピの火と大体同じだ」

アピの火と同じ?ということは、握って念じたらいいのかな。

でも火は想像つくけれど、光や風が必要になるのってどんな場面だろう?

「火、水、風、光、土に関することを思い浮かべながら、それぞれの石を持つだけだ。ただ、これはアピの火のように何度も使えはしない。一度使ったら割れてしまうから気をつけろ」

なるほど。基本は使い捨てなのね。

一度だけしか使えないのはもったいないな。

アニとアカラはすごく頑張って加護を込めてくれていた。

魔石自体も高価そうだし、大事に使わなくちゃいけない。

「それから魔法使い以外には、加護の色は見えず、全て同じただの魔石に見えている。危険だから、他の者に触らせないように注意しなさい」

「はい。よく気をつけるわ」

わたしは今言われた注意事項を頭で反芻しながら返事をする。

「この革袋に数個ずつ入れて、常に身につけておきなさい」

そう言って無地の簡素な革袋をひとつくれた。

ヤオが見たら、目の色を変えて刺繍したがるような簡素さだ。

どれくらい必要か分からなかったので、アブソレムが魔石を入れるのを先に観察することにする。

彼は特に数は数えず、ざっくり一掴みずつ袋に入れているようだった。

そこまで慎重にならず、適当でいいのかな?

魔石はひとつひとつにそこそこ重みがあるため、わたしは悩んだ末に各種ふたつずつだけ袋に入れていった。

ふたつずつでも全て揃うと10個だ。結構重たい。

エプロンのポケットに入れるのにはずっしりとしていて向いていなさそうだったので、長い紐を貰って首から下げておくことにした。

体の真ん中で揺れる簡素な袋を見て、次は絶対ヤオにかわいく刺繍してもらおう、と思った。


これで狩りの準備は全て終わりらしい。

アブソレムは早々に自室へ休みに行ってしまった。恒例の昼寝だ。

わたしは道中に食べようと、クッキーを焼いてから眠ることにした。

店に行って、小麦粉と砂糖を棚から出していく。

最初はキッチンにこれらがないことが不思議だったが、今なら分かる。

小麦粉も砂糖も、アブソレムにしたら食材ではなく、ただの薬を作るための材料なのだ。

彼は放っておくとずっとスープだけ食べているだろう。

あれだけガリガリなのも納得だ。

折角これだけ薬草があるのだから、何か混ぜたものも作ろうかな?

そう思い立ち、適当に何種類か乾燥ハーブを持ってきた。

アブソレムが今までお茶にしてくれたハーブなら、食べても問題ないだろう。

わたしのアピの火オーブンは未だに安定せず、出来上がったクッキーは少し焦げていた。


アブソレムが起こしに来た頃には、もう日が落ちかけていた。

窓から朝日とは違う、オレンジ色の光が差し込んでいる。

思いの外深く眠ってしまっていたようで少し頭がぼうっとしている。

頭を軽く振ってから、ベッドから抜け出しエプロンをつける。

ポケットを上から押さえてひとつずつ確認していく。

ノートよし、ペンよし、ハンカチよし。大丈夫そうだ。

それから首に魔石がかかっているのを確認して、帽子掛けからヤオの作ってくれたさんかく帽子を手にとって完成だ。

初めての遠出に少し緊張しつつ、食堂へ向かうがアブソレムの姿はなかった。

研究室や店を覗いてみるがそこにもいない。

まさか置いていかれたのかと慌てて店の玄関を開けると、目の前にアルと話しているアブソレムの姿があった。

「いた!よかった……。置いていかれたかと思ったわ」

わたしがそう言ってアブソレムに駆け寄ると、彼は不思議そうな顔をした。

「なぜだ?つれて行くと言っただろう。置いていきはしない」

その言葉を聞いてホッとした気持ちを、隣のアルが大きな声で笑い飛ばした。

「母ちゃん見つけた子供みたいだな!」

「なんですって?」

「迷子みたいな顔で出て来たかと思ったら、アブソレムを見つけて一気に安心した顔になった」

アルは両手を頭の後ろで組んでにやにやしている。

わたしはからかわれていると気がついて、アブソレムの後ろに隠れて軽く睨みつける。

「アブソレムはお母さんじゃない。保護者だもん」

「いや、君の保護者になったつもりもない」

わたしの言葉はそうバッサリ切り捨てられた。

否定されてガッカリだけど、アブソレムの隣にいると安心するのは間違いない。

わたしの中では、これからも保護者ということにしておこう。

「それはそうと、その帽子似合ってるよ」

アルがヤオの刺繍した帽子を褒めてくれた。

わたしは帽子のつばに軽く触れて、刺繍がよく見えるように少し頭を低くした。

「そうでしょう?わたしのは銀の糸で、アブソレムは金の糸なのよ」

そう言って、アブソレムを見上げると、彼も帽子をかぶっていた。


わたしの服装と違って、さんかく帽子に長いローブ姿のアブソレムは、どこからどう見ても魔法使いだ。

これで箒と杖を持っていたら完璧だろう。

アブソレムの帽子は確かに金色の刺繍がしてあるが、わたしのものとは違ってつばと根元に少ししてあるだけだった。

わたしの帽子は刺繍のせいでグレーっぽく見えるほどだというのに、どういう違いだろう?

「アブソレムの帽子には刺繍が少ないね?」

「私は君ほど危なっかしくないのでな」

どういう意味?と思っていると、隣でアルがまた大笑いした。

うう。なんだろう。

また笑われるような、何かおかしなことを言ったのかな、わたし。

「アリス知らないのか?その刺繍はまじないが含まれているから、たくさんすればするほど効果があるんだ」

アルが笑いながら教えてくれる。

「たくさんするほど効果があるの?それならこれは効果バッチリね」

わたしは自分の帽子に触れてそう言う。

帽子の刺繍の糸の、つるつるとした触り心地が気持ち良かった。

「そんなにたくさんの刺繍をしているのは、この国じゃ赤ちゃんくらいだぜ」

えっ、赤ちゃん並み!?

わたしは帽子に触れていた手を急いで降ろす。

一体どういうことよとアブソレムを睨みつけるが、彼は無視してキセルを吸うだけだった。

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