今、荷を下ろす時
シヨゥ
第1話
「そろそろ荷を軽くする時が来たのかもしれない」
多忙を極める師匠がそんなことを言う。
「荷を軽くするとは?」
「そのままの意味よ。仕事や責任、人間関係。背負い込めるだけ背負い込んでここまでやってきた。いつか役に立つだろう。そんな考えで手当たり次第に背負い込んできた。だが、もう肩が限界なんだ」
「お気持ちお察しいたします」
お喋りで自由気まま。方々顔を出しては人を笑顔にする。それが持ち味の師匠が今では大量の書類仕事に忙殺されている。外出はしなくなり、口数は減り、常に眉間にしわを寄せている。休憩する時間もないようで顔は青白く、ため息をつく姿が目に付く。
「これが終わったら整理しようと思うんだ。ここまで頑張ってきたんだ。どう変わったって付いてきてくれる人は一定数いるだろう」
「ぼくはどこまでも師匠に付き従います」
「ありがとう」
「それで具体的にはどのようになさるおつもりですか?」
「そうだな……まずはやりたいことを明確にする」
「やりたいことですか」
「僕は人を笑顔にしたかったんだ。そのために今までは便利屋のように方々手伝ってきた。それがこの様だ。なんでも僕に頼っておけば大丈夫。そんな空気すら感じる」
「たしかにそうですね」
「これって誰も笑顔にしていないと思うんだが、どう思う?」
「……たしかにそうですね。時間が出来たからと、さらに仕事を詰め込んでいる人ばかりで。みんなカリカリしていて。正直怖いですね」
「直接やり取りしている君が言うならそうなんだろうな。じゃあ僕がやっていることは間違っているんだな。なら人を笑顔にするために本当にやりたいことは何なのかを突き詰めて考えることから始めよう」
「なるほど」
「次はそのためにいらないものをすべてそぎ落とす」
「今の地位も何もかもということですか?」
「そうだ。背負い込んでいるもの中から使えるものと使えないものに選り分けを行って身を軽くする。重荷を背負ったままじゃ夢に向かって走れないからね」
「たしかにそうですね」
「無駄を省いて省いて省きまくってようやくスタート位置に立つ。それからは最短経路を行く。夢以外を見ることなく走り続ける」
「勝算はありますか?」
「なくても賭けるのが人生ってもんでしょう」
夢を語る師匠の顔は出会ったころの血の通った人の顔に戻りだしていた。
「まずはこの仕事を片付ける。そぎ落とすにしろ問題を起こしちゃ後に響くからね。よしやるぞ!」
気を吐くと師匠は仕事にかじりついた。
「手伝います」
あの頃の師匠が戻ってくる。そんなワクワクする感覚が押し寄せてきた。
この人のために頑張らなきゃならない。そんな決意を胸に、僕も書類の山にアタックを再開した。
今、荷を下ろす時 シヨゥ @Shiyoxu
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