第二十八章 因縁果報(8)
「例えば、誰かの死を回避する」
個々の歯車が変わる事があれば、大局に響く何かが起こり得るかもしれない。
「もちろん、そうした先の未来は分かりません。違う未来があるかもしれないし、一石を投じたとしても、結局は時流に呑み込まれるかもしれない」
しかし、現実にこの時代に身を置いている以上、誰にも何にも干渉せずに済むことなどありはしない。
先を知るがゆえの、未知の歴史を辿ることへの恐れ。
腹の底に澱のように沈むそれにも、伊織は薄々気が付いていた。
いずれどこかで打破すべき課題である。
それに向き合う時は近い。
すると、時尾はふと鋭い眼差しを緩め、破顔した。
「この世の全ては、因縁果、よ。覚えておくといいわ」
「因縁、果? ですか」
「あなたが今もこの時代にいるということは、何らかの縁があってのことよ。この時代の全ての人も物も、あなたが出会うものは、すべて縁あればこそ。そこにあなたが結びついて初めて、先の世となる果実が成るわ」
「はぁ……、え、何の話ですか」
急に方向性の違う話を始めたように思えたが、時は構わず続ける。
「あなたは現に今、この時代にいる。名賀姫様のことだって、あなたが関わったからこそ、良い方向に落ち着かれた。だったら、恐れずに関わりなさいって話よ」
「………」
にこりと微笑む時尾に、伊織はあんぐりと口を開く。
確かにその通りだった。
大局ばかりを気にし過ぎて、既に関り、投じている影響がある。
今更何を恐れる必要があろうかと、時尾はそう断じたのだった。
***
ちらついていた雪は止み、黒谷の重厚な寺院に僅かな西日が差す。
殆ど日は落ちかけて、整然と敷かれた石畳の上には昏い夜の影が浮き出すようであった。
日のあるうちに屯所へ帰るつもりでいたのが、すっかり時間を食ってしまった。
(しまったなぁ、急いで帰らないと)
提灯もなく、人通りの少ない壬生村の界隈に戻る頃には、辺りは宵闇に包まれていることだろう。
西日のその色ばかりが暖かさを滲ませるが、風は肌を切るように冷たい。
冷気に肩を震わせてから歩調を速めた、その時だった。
「会津に仕えたいという隊士とは、誰だ?」
足音が重なったと同時に、声が訊ねた。
伊織は自らの右に人の気配の添うのを感じ、咄嗟に身を強張らせ、しかしすぐにその警戒を解く。
斎藤である。
「なんだ、斎藤さんじゃないですか」
「会津に仕官したい、などと言ってる奴がいたか」
双方歩みは止めず、横並びに屯所へ向かう道を歩き続けていた。
これまでなら思わず立ち止まっていたところだが、気配を汲んで自然を装う身熟しが伴うようになっていた。
我ながら、少しは成長したように実感する。
「……どうしてその話を?」
梶原との会談で匂わせた程度の話題を持ち出され、伊織は狼狽を覚えつつも訊ね返す。あの時は完全に人払いが済んでいた。
その上で、周囲の気配には伊織も、そして恐らく梶原も終始警戒を解かずにいたというのに。
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