第二十八章 因縁果報(6)

 

 

「失礼します」

 きっちりと女性の装いを身に纏い、居住まいを正して時尾はにこりと笑いかけた。

 珍しく髪を結っているのは、父の小十郎にでもどやされたのだろう。

「……こうして見ると、本当に顔だけはそっくりですね」

「全くだわ。変な縁よね、輪廻転生なんて私個人は特に信じてはいないんだけど」

「いやそれ、単なるあなたの勘ですよね。私だって別に信じちゃいないですよ」

 同じ顔が膝を突き合わせ、片や女性、一方は男装をしている奇妙な光景だ。

 互いに含み笑い、どちらからともなく本題を切り出す。

「それで、山ほどあるんでしょう?」

「ええ、そりゃもう」

 時尾が誰の目にも見える身体を伴って目の前に現れてから、いつ尋ねて良いものかと思っていた。

 それまで、時尾は伊織と時実にしか見えてはいなかった。

 一時ふと姿を見せなくなったと思ったら、この急な再会だ。

「ふふ。私も何となく予測はついてるわ」

「なら話は早いですね。どういうことなんです? 私の周囲にもぱったりと現れなくなったし、かと思えば唐突に時実と一緒に現れた──。あちらに、いたんですよね」

 生真面目な問いに、時尾はふっと柔らかく笑う。

 笑い事ではない。

 未来の時代にいたはずの時尾が今ここに実体として存在しているということは、何らかの方法で時を遡ってきたということになる。

 大体、長い間姿を消していたことを、父である小十郎には何と説明したのだろうか。

 時尾が実際に先の世へ行ったのは間違いないだろう。

 そうでなければ、彼女があちらの時代の風景や、伊織の両親や友人を知り得るはずがない。

 滅多に人を入れることもない伊織の自室と、そこに並べた本の数々。

 疑うべくもない決定的な証拠に、時尾は幕末というこの時代がどう動いていくかを知っている。

 未来へ行き、それでも時尾はまた彼女の時代に戻ってきた。

(つまり、条件さえ揃えば或いは──)

 自分もまた同様に元の時代へ帰れるのではないか。

 ごくりと固唾を呑んだ伊織に、時尾は吐息ながらに肩を竦めた。

「そう簡単ではないわよ」

「人の内心見透かさないでもらえますかね」

 多分、考えたことがそのまま顔に出ていたのだろうとは思ったが、時尾は心を読んだかの如く鋭く的確な答えを投げ返す。

「今……というのもおかしな話ですが、私も時尾さんもこうして実体を伴ってここにいる」

「ええ、そうね」

「すると、あちらでは私の存在は……」

「多分、欠落かけおち者扱いかなぁー」

 からりと言ってのける時尾に、伊織はあんぐりと口を開けた。

「は!? か、かけおち……って。え、なに? 何したんですかあんた……」

「あのねぇ、欠落っていうのは家や身分を捨てて姿を消すことを言うのよ。突然いなくなった感じになっちゃったからね」

「あ、そういう……」

 かけおち、という言葉の響きから真っ先に連想するのが、男と女が手に手を取って云々というもの。

 てっきり時尾があちらで誰かと恋仲になり、逃避行にでも走ったのかと疑ってしまった。

「何もかも、見たこともないものばかりだったわ。周りが私を高宮伊織だと信じ切ってくれていたから何とか乗り切れたようなものよ」

 京から会津へ連れ戻され、静養を余儀なくされたが、会津だというその場所は、当然時尾の見知った風景ではなかった。

 

 

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