第二章 昨非今是(1)
土方の小姓として雇われることになったが、後になって、
「いずれは監察として動いてもらうつもりだ。一日も早く京の町と新選組に慣れろ」
と耳打ちされた。
近藤が知れば、断固として反対するであろうに、土方はそれを主として命じ、伊織に是も非も言わせなかった。
入隊させるとは言わないなどと、随分話が違うではないか。
憤慨するものの、他に頼る宛もない身では、土方に従う以外に道はなかった。
***
消灯した副長室で、伊織は仰向けになって床に入っていた。
障子から微かに射す月明かりで、天井の木目を目でなぞる。
突然の変化を受け入れ切れず、どうしても眠りにつくことが出来ない。
屏風を隔てた先に、土方が寝息を立てているのが聞こえる。
あとは、自分が寝返りを打つ度に起こる衣擦れの音があるのみだ。
土方の小姓なのだから当然と言えば当然なのだが、気になって仕方がない。
仮にもうら若い女子と同室で、よくも平然と寝られるものだと妙に釈然としなかった。
おまけに、就寝前に用意してもらった小袖と袴を着ているせいで、非常に寝づらい。
(元治元年、四月二十一日……か)
近藤が教えてくれた、今日の日付である。
この時点で、新選組の歴史はまだまだ始まったばかりだ。
この先、後世に残る有名な事件や戦が目白押しといったところだが、願わくば実際に目にすることのないうちに現代へと戻りたい。
(監察だなんてさせられたら、きっと命がいくつあっても足りないよ──)
大体において、京都の地理などさっぱりなのである。いくらなんでも、慣れるまでに数カ月はかかると見て間違いない。
正式な隊士でもない伊織に諜報活動をさせようなどという土方の思惑が読めずに、大いに動揺していた。
(そんなことさせられる前に、帰る方法を見つけよう……)
頭から布団を被り、伊織は固く目を瞑った。
こんなところにいたら、いつ死ぬかわからない。
なまじ新選組を知るが故に、この時代の物騒さもそれなりにわかっていた。
斬り合い、討ち入り、暗殺、そして戦争。
そういうものが、ごく当たり前に頻発する時代だ。
(あぁ駄目だ! そんなこと考えてたら余計に眠れない……!)
眠ろうとすればするほど、様々な思いが沸き起こる。
今頃、現代では大変な騒ぎになっているのだろう。
自分でも未だに夢じゃないかと思う。むしろ、悪い夢であって欲しいと思った。
***
明け方、騒々しい気配に伊織は目を覚ました。
何だかんだ言って、結局は疲れから眠りについていたらしい。
ばたばたと落ち着きのない足音が方々から響き、伊織も咄嗟に飛び起きた。
(何だろう……?)
絶対に、ただ事ではない。
見れば、土方の姿も既に部屋にはなかった。
言い知れぬ不安に駆られて、伊織は副長室を飛び出した。
まだ夜も明けきらぬ薄闇のなか、屯所の門に集結する隊士の姿。
煌々と篝火が焚かれ、ざわざわと話す声がこちらにまで届いた。
集う隊士は皆、浅葱の隊服を着用している。
(やっぱり何かあったんだ)
初めて見る本物の新選組隊士の群は、想像より数段物々しい。
無意識にその中に土方の姿を探すが、それらしい影は認められなかった。
(土方さん、どこに行っちゃったんだろう……)
おどおどと庭を見回してみるが、土方はもとより、近藤や沖田の姿も見つけられない。
どうしたものかと、その場に立ち尽くしてしまった。
と、背後から声がかかった。
「おい」
びくっと身を震わせて振り返ると、探していた土方の姿があった。
やはり、隊服を着込んでいる。
「土方さん! 何かあったんですか!?」
土方と、門に集う隊士たちとを交互に見て訊く。
「仕事だ」
と、土方は隊服と一本の刀を伊織の前に突き出した。
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