第4話

「いっちー? どうしたの?」


「切れた」


 ベッドに寝ていた彼女は起き上がった。


「消毒して絆創膏貼る?」


「唇にしみるから、塗り薬と絆創膏だけでいい」


 クラスでは比較的独りでいることの多いいっちーが、彼女には懐いている。


優雅な黒髪の大人し気な彼女は、いっちー口の端に細い指でそっと薬を塗った。


「キジはまた体育サボってんの?」


「私、ああいうの嫌い」


 キジと呼ばれた彼女は、甘くささやくような声でそう言った。


いっちーを見つめながら目を細め微笑む。


あたしはなんだかその雰囲気に恥ずかしくなってきて、モジモジとしている。


「こんにちは。あなたがいっちーを連れてきてくれたの?」


 いっちーはあたしをにらんだ。


「違うよ。勝手についてきただけ」


「そう。ありがとうね」


 あたしにまでにこっと微笑むから、ますます恥ずかしくなる。


「じゃ、先に戻ってるね」


 知り合いなのかな? 


あたしとは同じクラスになったことのない子だ。


いそいそとそこを抜け出す。


校庭に戻ったら、サッカーの試合は続いていた。


「負けてんだけど」


「本当だね」


 猿木沢さんに2点を入れられ、4対2で負けている。


「もも、出られる?」


「任せて」


 選手交代。


ピッチに立ったあたしの前に、猿木沢さんが立ちはだかった。


「あんた名前は?」


「花田もも」


「ダセー名前」


「そういうの、あたしには効かないよ」


 視線をボールに移す。


キックオフのホイッスル。


走り出したあたしの足を、猿木沢さんが引っかけようとちょっかいを出してくる。


それを飛び越えようとして、肩と肩が激しくぶつかり合った。


外野からのヤジが飛ぶ。


執拗にマークされていた。


パスが一つも通らない。


体操服をつかまれ、動きが制限されている。


あたしはワザと高くボールを上げた。


その動きに気を取られているうちに、サッと走り出す。


「しまった!」


 団子状態になっていた集団をようやく抜け出した。


猿木沢さんの足でも追いつけない。


「もも、頼んだ!」


 飛んで来たパスをドリブルで駆け上がる。


敵も味方もほとんど全てを後ろに置いてきた。


キーパーは大きく両腕を広げている。


あたしは狙いを定めた。


「いっけー!」


 右上のコースを狙ったシュートは、飛び上がったキーパーの指先をわずかに外した。


「ゴール!」


 歓声が上がる。


同時に試合終了のホイッスルが鳴った。


試合結果は4対3。


あたしの周りには駆け寄ってきたクラスのみんなが飛びついた。


「さっすがもも! カッコよかったぁ!」


「負けたし」


「いいんだよそんなこと。気にすんな」


 同じクラスのはーちゃんとしーちゃんがあたしの両腕に絡みついた。


「行こう。次は数学だよ。どうせ宿題やってないんでしょ?」


 三組のグループに猿木沢さんの姿が見えた。


振り返った彼女と一瞬目が合う。


彼女たちの次の授業何なんだろう。


ふとそんなことが気になった。

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