第3話

「もう点は取らせないって言ったでしょ」


 得意げに見上げる彼女を、いっちーは無言で見下ろす。


キックオフからの再開。


いっちーは転がってきたボールを足裏で押さえつけた。


「私、あんたみたいな調子いいの、大嫌いなんだよね」


 束ねた髪が大きく揺れる。


後ろに振り上げられた足が、豪快にボールを蹴った。


宙を舞う白と黒のボールを目指して、ピッチにいる全員が走り始める。


いっちーの走る目前に、猿木沢さんの背中が立ち塞がった。


「邪魔!」


 押しのけようとするいっちーの進路を、坊主頭が妨害している。


落下地点を巡っての争いは、猿木沢さんに軍配が上がった。


いっちーに押しのけられる前に、彼女はポンとボールをパスする。


いっちーの腕が彼女の背に触れるか触れないかのタイミングで、猿木沢さんは転んだ。


「ご、ゴメン。大丈夫?」


 いっちーの足が止まった。


それでもボールは進み続ける。


いっちーの差し出した手に、彼女は笑った。


「あんたって、本当にバカだよね」


 ゴールを知らせるホイッスルが聞こえる。


猿木沢さんは何事もなかったかのように立ち上がった。


「ワザと転んだだけですけど?」


 その瞬間、いっちーの平手打ちが周囲にこだまする。


猿木沢さんはぶたれた頬を押さえている。


「何すんのよ!」


 同じようにやり返す彼女の手も、いっちーの頬をぶった。


あっという間に取っ組み合いの喧嘩が始まる。


二組と三組の仲間が取り囲んだ。


ヤジを飛ばしてあおり立てている。


殴りかかってきた猿木沢さんのパンチを簡単に受け止めると、いっちーは正拳突きに型を構えた。


「やめな」


 あたしはそのいっちーの腕をつかむ。


「いっちーあんたさ、武道やってんだったら、そんなことしちゃダメだろ」


「……。フン。こんなの相手に本気出すわけないし」


 いっちーは舌打ちをして腕を下ろす。


「あんたのそういう態度が気に入らないんだよ!」


 猿木沢さんの手が伸びる。


いっちーの胸ぐらをつかもうとして、それは失敗した。


彼女を後ろから三組の連中が押さえつけている。


「さーちゃんもういいよ」


「あんな脳筋、相手にすんなって」


「ちょ、いまなんて……!」


「だからやめなって」


 あたしは再び吠えつこうとしたいっちーの腕をつかんで、そこから引き離す。


「おいでよ。口の端切れてんでしょ。保健室行こ」


「余計なお世話だ」


 その手はあっさりと振り払われた。


一人で歩き出したいっちーの背中を、あたしは追いかける。


「来んなよ」


「勝手についてきただけだし」


 高い塀で囲まれた校内の空を見上げる。


振り返ると次の試合が始まっていた。


さっきまで殴り合いの喧嘩をしていた猿木沢さんが、今度は最初からピッチに入っている。


元気に走り回る彼女を見て、あたしはちょっぴり安心した。


「……。遅刻してきたのに、私について来たら試合出られないじゃん」


「なに? もしかして気ぃ使ってくれてんの?」


 いっちーはそんなあたしを無視して歩き出した。


外から直結している保健室のドアをガチンと勢いよく開く。


保健の先生は不在で、勝手に上がり込んだいっちーはすぐに備品をあさり始めた。


ベッドのカーテンが開く。


長い黒髪の女の子が顔をのぞかせた。

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