第19話 勇者投獄

「そろそろ時間のようだ……」


 何の時間だ、とイワンに尋ねる前に店の中央付近で一人の男が大声をあげた。


「おうおう、お前ら。今日はこの店ににすげえ人を呼んでんだ!」


 口ひげを生やした男が店中に響く声でそう言うと、周囲の客たちはざわめきたった。すごい人物がいるのか。一体どんな人なのだろう。この国の王族か、有名な絵描きか、はたまた絶世の美女か。


 そんなことを考えていると先ほどの男がコツコツと足音を鳴らしてこちらのテーブルへと近づいてくる。察しの良い俺は気づいてしまった。そうか、イワンとニコは俺に言っていなかったが、実は有名人だったのか。いやー、驚かせてくれる。


 などという予想は外れたようで、男は俺の目の前で立ち止まった。すごい人物とは俺の事であったか。まあ、こういうこともあるだろう。何せ俺はこの街を救った勇者なのだから。


 男に促されてその場に立ち上がる。俺は襟元を正し、紹介される準備を整えた。男は振り返り、再び大声を出して観衆へと伝えた。


「彼は勇者様だ」


 観衆から拍手や指笛が聞こえてくる。俺は少し照れ笑いをした後に手を少しだけ挙げて歓声に応えた。あまり人前は得意ではないが、褒められるのは悪い気がしない。


「そして彼こそが教祖様だ!」


 続けて男がそう説明した。観衆はより一層盛り上がっていた。


 教祖様?教祖とはどういう意味だろうか。


 教祖:宗教もしくは宗教集団を創始した信仰上の指導者を教祖という。


 俺が?何の?なぜ?


 ひと昔、ふた昔ほど前に流行った脳内メーカーの中身がすべて疑問符になっているような状態。頭の中には、はてなマークしか生まれなかった。


「教祖様からも一言お願いしやすぜ」


 男はへりくだった言い方で俺に発言を求めたが、それは現状を全く理解できていない俺にとっては難しい相談であった。俺は無言で首を横に振り、考える時間を求めて椅子に腰を下ろした。


 すごい人を呼んでいると彼は言った。つまり今日俺がここに来ることも、店の奥のテーブルが空いていたことも、注文してからすぐ料理が来たことも全て俺を来賓としてもてなすため?


 そうだとすれば俺をこの場に連れてきた人物に話を聞くのがベスト。今日は特別な用事があり、ダンジョンへ行かずに俺を待ち伏せ食事に誘った人物。


 そう、イワンに話を聞かなくては。


「イワン、説明してもらおうか」


 俺の要望を聞くとイワンは困ったような表情でさっき説明したはずだが、とだけ答えた。あれでは何の説明にもなっていない。ニコならば何かわかるだろうか。


「ニコ、どういうことか教えてくれ」


 彼女が今の状況を理解しているかは疑問ではあるが少なくともあの男については俺よりも知っている。わずかな望みを彼女に託した。


「しらなーい。ねむーい。おやすみー」


 彼女は食事を一足先に終えると、満腹になった子供のようにすぐに睡魔と戦い始めた。事態の解決には役に立ちそうもない。


 その時だった。


 食堂の扉が勢いよく開け放たれ、同じような格好をした人影がぞろぞろと建物内に入り込み、店内の客を囲みこんだのだ。


 ちょうど店の外へ出ようとした一人の男は、外からやってきた男に押し返された。それだけではなく、彼は拘束されてしまったのだ。こんな横暴が許されるのか。憤慨するよりも先に、彼らの中の一人が店内へと警告した。


「我々は憲兵である。国家転覆を目論んだ容疑がかけられているギョウザドン教の一派が集会を行っていると通報を受けた。これより貴様らを拘束する」


 理路整然と述べると、彼らは淡々と店内の客を捕らえ始めた。


 大人しく縄につく者、抵抗する者、逃げ惑う者。これだけ多く人がいるとそのリアクションも様々で見ごたえがある。


 などとも言ってられなかった。俺の周囲には特に多くの憲兵が集まっていた。


「お前が教祖だな。大人しくしとけよ」


「いや、本当に知らないんですって!勘弁してください!」


 俺は口では抵抗しているが、こういう時に暴れたりしたら疑いが深まるのを知っている。大人しく拘束されながらも否認するのを止めなかった。だって本当に知らないんだもん。イワン、お前からも何か言ってくれ。


「クレイン、国家転覆なんて考えていたのか……」


「そんなわけあるか!」


 役にたたないこの男は放っておこう。ニコ、寝ている場合じゃないぞ。


「クレイン金目の物はちゃんと隠さなきゃ……むにゃむにゃ」


「その寝言はまずいって!!」


 憲兵からの疑いの目がますます厳しくなり、それはもうギッチリガッチリと拘束された。10日ぶり2度目の牢屋生活だった。




「どうしてまた捕まってるんですか、クレイン」


 牢の前ではルカ王女が腕を組んでいた。すごく久しぶりに会った気がする。


「またって、1回目はお前のせいなんだが」


 前回は勇者として働かないとこうなるぞという見せしめに捕まったので、俺に落ち度はない。今回は正直なぜ捕まったのかわからない。もしかしたら今回も俺は悪くないのかもしれない。


「国に認められていない宗教を勝手に作って広めたって聞いてるんだけど」


 捕まってから1日が過ぎた今、関係者からの取り調べも一巡した。現在判明している内容をルカは詳細に伝えてくれた。


「――それでゴルエフって冒険者が、あなたのパーティのイワンに、クレインが教祖だと聞いたって言ってるの。司祭様を差し置いて教祖になるなんて、勘違いも甚だしいわ」


 伝聞が多すぎて話がややこしい。


 それに一体いつそんな話を……。


 ん?勘違い?


 そうか、そういうことか。


 今回の真相が今になって見えてきた。


 イワンとゴルエフはずっと互いに勘違いをしていたんだ。


 


 はじめの高級料理店での会話。


「なあ、兄ちゃん。さっきチラッと聞いちまったんだけどよう、本当かいあの話」


「ああ、本当だ……」


 ゴルエフは、俺がイワン達に話した嘘の話、つまり東の洞窟のギョウザドンとそのお祈りの話をしている。しかしイワンは、カエルは意外と美味しいという話だと勘違いした。




 そしてイワンは食用カエルの話を続けた。


「今こうして飯を食えているのは、そのお陰と言って良いだろう……」


「そうだったのかい!俺はこんな高い店初めてだからよう、どんな客が来てんのかって観察してたんだ」


 一方ゴルエフは、お祈りのおかげで高級料理店に行けるほど裕福になったと勘違いした。




「誰でも来れるようになるさ……」


「そうかい、そうかい。」


 運よく高級料理店に来れただけで誰にでも可能性はあると言うイワンに対して、ゴルエフはお祈りをすれば稼ぎが増えて高級料理店に来れると思った。




そして違和感のあったこの会話。


「ところでさっきの少年ってよ、もしかしてよ」


「そうだ……」


「彼も勇者になる少し前にさっきの話を知ったのだが、まわりは誰も信じなかったらしい……」


「あの少年、勇者なのかい」


「ああ……」


 はじめのゴルエフの質問は恐らくこうだったのだろう。


「ところでさっきの少年は教祖だったのか」


 イワンは勇者なのかと聞かれてると思い、質問を最後まで聞かずに答えたのだ。これによって俺が教祖だと勘違いされたのだろう。


 よくもまあここまで綺麗に勘違いできるものだ。その後の会話もこの勘違いのせいだと考えると納得できる。


 それにしても迷惑な話だ。おかげで100人ほどの人間が牢にぶち込まれている。


 とっととこの事を説明して全員を釈放してもらおう。


 俺はまず、ルカにこの勘違いの事を話した。


 しかし、返ってきたのは納得ではなく、単純な疑問だった。


「勘違いが本当だとして、あなたは何のために嘘のお祈りなんて作ったの?」


 まずい。


 東の洞窟に希少アイテムを隠しているから。


 とは口が裂けても言えないのを忘れていた。特にこの女に知られれば、俺より先にアイテムを手に入れて、借金の返済に使われてしまう。


「答えられないということは、やっぱりあなたが主犯なんじゃ……」


 進むも地獄、戻るも地獄。


 ここで黙秘すれば大金が手に入るが、俺が作った架空の宗教を支持した罪で投獄された、およそ100人の人生が狂ってしまうかもしれない。


 本当のことを言えば、宗教自体が存在しないとして無罪になる代わりに、洞窟のアイテムをルカに、あるいは国に没収されてしまうかもしれない。


 俺は少し悩んだが、ようやく覚悟を決めた。


「弁護士を呼んでもらえます?」


 

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