第31話 尾行される記憶はない
マルシェまであと少し、というところで、レオンが急に辺りを気にし始めた。どうしたのだろうか。
私が
「脇道に
「え? どうしたのよ急に」
「黙ってろ」
レオンは急に私の手を引っ張ると、私をレオンの腕の中に隠す様に肩を抱いてきた。
「ちょ、ちょっとちょっと!」
ホルガーが見たら怒る。あ、ホルガーは家だった。いやそうじゃない。
私のパニックなど気にも止めず、レオンは私を守る様にぐいぐいと店と店の間の狭い通路に押し込んでしまった。両手を広げたら付いてしまう程度の幅しかない、どこからか飛んできたゴミや葉っぱが溜まっている暗い場所だ。
レオンは入ってきた通りに背中を向けて立った。どうやら辺りの気配を伺っているらしく、シャープな顎が動くのが見える。
「レオン? ちょっといい加減に……」
私が通りの方を見ようとレオンの腕の横から顔を出すと、レオンが私の頭を掴んで自分の胸に押し付けてしまった。う、うお……レオンの心臓の音が聞こえて、これはさすがにやばいんじゃ。
私は焦った。レオンてば、どくどくいっちゃって。あ、いやこれは自分の
「じっとしてろ」
「あのレオン、理由くらい……」
「あとで説明するから、今は黙ってろ!」
小声で苛ついた様に言うレオン。私は、そこでようやくレオンが本当に何かに警戒をしているということに思い至った。レオンの身体に、緊張からか、力が入っているのが分かる。
なんだろう? 私は別に追われる様な立場ではないが、レオンと知り合うきっかけとなった人さらい達でもいたのだろうか。それか、レオンが実は追われる立場、とか? いや、追われている位なら、呑気に街を
とにかく、レオンが安全だと思ってくれるまで私は待つしかない。説明すると言っているのだから、するのだろう。
私はひたすら待った。考えてみたら男性にこんなにも長いことハグしてもらったことなどないので、ちょっと今一体何が起きてるんだか脳内バグ発生中だが。シャツ越しでも分かる、レオンの固い
その温かさが、ちょっと安心出来ると思ったなどと言ったら、レオンは笑うだろうか。
することがないので、私は目を閉じてレオンの体温をちょっとドキドキしながら
「――もう大丈夫だろう」
レオンがそう言うので、私はその場でレオンを見上げた。レオンの、腕の中で。
バチッと目が合い、思ったよりも近いその距離に、私は
レオンの顔が、少しずつ私の顔に近付いてくる。どうしよう、これは絶対
「レオン様!」
通りから呼びかけられた声に、レオンがビクッと大きく揺れた。レオンの視線が私から外れ、金縛りにあっていた私は
「ナッシュ、あいつらは行ったか?」
レオンが返事をする。ナッシュ。例のお喋り従者だ。私は顔を上げると、ひょいとレオンの腕の横から顔を出した。
「あ、ナタ様どーもー!」
にかっと笑顔になったナッシュが、胸に手を当てて軽い
「あ、その
とりあえずは恩人なので、私は礼から入ることにした。すると、頭上から慌てた声が降ってくる。
「おいナタ、その節ってどの節のことだ!? 何でお前がこいつを知ってるんだ!? 俺は聞いてないぞ!」
「嫌だなあレオン様、女性に根掘り葉掘り聞くなんて残念な男のやることですよーあはははっ」
「お前は相変わらず失礼な奴だな!」
「仕方ないでしょう、僕は多分口から生まれたんですよ。文句は親に言って下さい。天国にいますから。あ、もしかしたら地獄かも、なーんて」
ナッシュが実に楽しそうにそう返すと、レオンが額を押さえて黙り込んでしまった。これぞ水と油の典型的な例なのだろう。つまり、混じり合わない。お酢でもぶっかけたら、仲良くなるんだろうか?
「……まあ、それはいい。で、俺の質問の答えはどうなった」
ナッシュが、手をぽんと打った。
「そうそう、それでしたね! あいつら尾行には慣れてないみたいで、レオン様が横道に逸れた瞬間見失って、大慌てで大通りの方に走って行っちゃいましたよ」
あいつら。尾行。その単語の意味は、私達が誰かに何らかの理由で尾行されていた、ということだ。
「え……? どういうこと? 一体誰が?」
私がレオンを見上げると、レオンが頭をガリガリ
「分からん。何か付けられてるなって感じただけで、はっきりとは見てないが……」
すると、ナッシュがあっさりと言った。
「あいつら、この国の兵隊っぽかったですよ。はめてた指輪に、王国騎士団の模様が刻まれてましたから」
ナッシュの言葉に、レオンが呆れた表情になった。
「お前、そんな近くから見てたのか?」
「その辺の一般人に成りすますの、得意なんすよ」
あはは、とナッシュが屈託のない笑顔を見せた。
王国騎士団の模様。大して産業がないこの国だが、頑張って
だがしかし、本来は王都にいて王族の身辺警備に当たっている筈の王国騎士団のメンバーが、何故こんな片田舎にいるのか。しかも、何故私達の跡を付けたりしたのか?
私はレオンを半眼で見上げた。
「レオン……あなたひょっとして、王都で何か悪さでもしたんじゃないの?」
「お前、普通に失礼なこと言うよな」
「だって私は悪事なんて働いたこともないし、そもそも婚約破棄をされて王都から出ざるを得なかったのは私の方だし」
本来は悪役令嬢のポジションではあったが、意地悪するメリットがなかったので悪役令嬢らしき行動は一切取っていない。その点については自信があった。
私は腰に手を当て、レオンをビシッと指差した。
「ということは、付けられていた原因はレオン! 貴方しか考えられないのよ!」
名探偵ナタ、ここに参上。私が決めポーズのままでいると。
「あいつら、ナタ様がどうって言ってましたよ?」
相変わらずのへらへら顔で、ナッシュが言った。
「へ……? 私?」
私とレオンは、互いの顔を見合わせた。
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