第29話 初めてのマヨネーズ

 今日のランチメニューは、チーズオムレツだ。


 私はブロッコリーを軽く塩茹でし湯切りをしておくと、昨日の反省から、別のボウルにこし器を置き、油を極力きょくりょく切った卵をお玉ですくい出した油入り卵に、更に卵を足した。三人分のチーズオムレツなので、ひとり3玉として計9玉。それでもまだ卵は山の様にある。ちょっと契約した金額が多かったのかもしれない。


 フライパンに油を熱し、一旦れた布巾ふきんでフライパンの粗熱あらねつを取る。再び火にかけると、溶いた卵を投入した。ジュワッといい音が台所に響くと、横でじっと見ているレオンの喉がゴクリとなった。どんだけだ。


 フライパンは重くて持ち上げられないので、揺すって卵をまんべんなく焼いていく。まだ表面が半熟の時に、あらかじめ炒めておいたベーコンと玉ねぎを中央に乗せ、チーズをてんこ盛りにした。フライパン返しを使って食材の上に卵を被せていく。玉子の焼けるいい香りが漂う。


「ナタ、これってなんていう料理?」


 少し後ろから私の調理の様子を眺めていたホルガーが、尋ねてきた。この世界にもオムレツはあるが、チーズを入れるという発想がないらしく、いわゆるただの卵オンリーの物しか食べたことがない。美味しいは美味しいのだが、マヨネーズとチーズの組み合わせにもハマっていた私としては、是非ともチーズオムレツをおすすめしたい。そしてケチャップとマヨネーズを合わせるいわゆるオーロラソースで食すと、これまた美味うまいから。


「まずはひとり分、出来上がりっと」


 大きめの皿にチーズオムレツを乗せ、付け合せのブロッコリーとスライスしたパンを添える。


「ケチャップはある?」

「ない」


 レオンが即答した。


 明日、ケチャップも持ってこよう。私は心の中で固く誓うと、2つ目のチーズオムレツを作り始めた。


 すると、ソワソワとレオンが私の周りを彷徨く。正直邪魔だ。


「レオン、なに?」


 我慢出来ずに私が問うと、レオンが嬉しそうに尋ねた。


「あれは誰のだ!?」


 お前は子供か? という台詞せりふが喉から出かかった。


「あー……すぐ出来るから、待っててくれるかしら? 二人分が出来たら、先に食べてて。冷めちゃうと折角せっかくのチーズが固まっちゃうし」

「わ、分かった!」


 ワイルド系イケメンだった筈なのに、餌付けされた途端これだとは。私は平然とした顔を装いながら、内心はおかしくて笑ってしまっていた。なんというか、――可愛くて。


 前世でも今世でも彼氏なんていたことがなかった私は、まあアルフレッドという政略的婚約者はいた訳だが、いわゆる一般の男と仲良くなったことはない。ホルガーは幼馴染で従兄弟だし、男というよりは兄の様な感じなので、可愛いというよりは頼りになる人といったイメージだ。


 レオンも、私を悪者から助け出してくれたり、と頼りになるはなるのだが、それよりも情けなさの方が先に立つのは、不器用さが際立っている所為だろうか。ちょっと間抜けなライオン、それがレオンなのだ。


 アルフレッドにも、これくらいの愛嬌あいきょうがあればよかったのに。


 一瞬そう思い、私はハッとして慌てて首を横に振った。いやいやいや、何を考えているんだ、ナタ。あんな鼻毛のことは、もう記憶から抹消まっしょうすると決めたじゃないか。私は目の前の調理に集中することにした。


 あいつのことを思い出した途端、それまで楽しかった心の中に、冷たい雪が吹き込んで来たかの様に一気に私の心の熱を奪っていってしまった。



 昼食が無事に済み、午後は玉子に少量の油を足していくバージョンで実験を再開した。すると。


「これは……奇跡か!?」


 今日もひたすら撹拌かくはんし続けてそろそろ手首が痛そうな素振りを見せ始めたレオンが、神の天啓てんけいが降りてきたかの様な顔つきで言った。


「どれどれ」


 私がボウルの中を覗き込むと。


「あっ! マヨネーズになってるじゃないの!」

「これが……これがマヨネーズなのか!?」


 レオンが興奮気味に私を見ると、ホルガーも背後から覗き込んできた。ホルガーの水色の瞳が、大きく見開かれる。


「こ、これが……!?」


 ホルガーも大分だいぶ興奮気味だ。まあ初めて見る調味料だ、そうなるだろう。


 かくいう私も、しっかり興奮していた。


「やっ……たああああああっ!!」


 あまりの嬉しさに、レオンとホルガーの腕を掴むと、ぴょんぴょん飛び跳ねてしまったのだ。公爵令嬢としてはあるまじき行為だが、だって仕方ない、嬉しいんだもん。


「やったやったやったー!! 偉い! 偉いわよ二人とも! よく出来ました!」


 私が手放しで喜びつつ二人を褒めると、ボウルを抱えたままのレオンにも笑顔が浮かんだ。


「こうも素直に褒められると、嬉しいものだな」

「ナタ、俺も偉いか!? 俺は!?」

「ホルガーも偉いわよ、当然よ!!」


 ホルガーの存在なくば、私の計画はまず養鶏場探しの時点で恐らくは頓挫とんざしている。ホルガーの献身的なサポートなしに、今のこの状況はあり得ないのだ。


 すると、ホルガーも満点の笑顔になった。


「はは……やったな、ナタ!」

「うん、ありがとう!」


 ぴょんぴょん跳ねているのにも体力がいる。あっさりと足が重くなってしまった私は、代わりに我が愛しの協力者である二人を背後からまとめてガバッと抱き締めた。


「二人とも、最高! 大好き!」

「え!? す、好き!?」

「あ、おいホルガー、あんまり俺にくっつくなよ!」


 私のハグの所為で、レオンとホルガーが密着する。


「これであと一歩ね!」


 二人を見上げつつ笑いながら私がそう言うと、レオンはやれやれといった笑顔を、ホルガーは優しげな笑顔を私に返してくれたのだった。

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