第17話 キャベツの中からこんにちは
残った料理は、スタッフが美味しくいただきました。
バラエティ番組とかでよく見るあのテロップ。あれは、料理が美味しければ全く問題はない。がしかし、例えばそれが色んな食材をしっちゃかめっちゃかに入れて混ぜた物であったら、それでもその言葉を言えるのだろうか。
答えは否だ。言ったとしても、本当かよ、と盛大なツッコミを入れたい。本当にそれ食ったのか? と。
「これは……ぶほっ」
ティースプーンで片っ端から
ようやく撹拌が出来る様になったレオン作成の物体その1は、卵と小麦粉のセットだ。なんというか、粉っぽい。これは――そう、生焼きのお好み焼き。もしくはチヂミの素。とにかく生で食べてはいけないものだ。どうせなら、もう少し水分が欲しい。そうしたら完璧なお好み焼き粉だ。
私は、コップ一杯の水を一気飲みした後、言った。
「ホルガー、小麦粉はバツ」
「はい、小麦粉はなし、と」
ホルガーが、実験結果を記す紙にペンで取り消し線を引いた。私は次々と味見をする。
「ぶへっ……塩、違う」
「塩も不可ね」
「砂糖……うわ、あっま」
「砂糖は?」
「勿論なしよ」
「はいはい、砂糖もなし、と」
「片栗粉……うわ、下に沈殿してる……」
溶け切らなかったのか、はたまたそういうものなのか、よくかき混ぜられた卵の液体の底には、でろりとしたデンプンの塊があった。念の為舐める。うん、止めておけばよかった。
私は卵だらけになっているレオンと、綺麗なままのホルガーを振り返ってビシッと指を差した。
「結論! 粉物はなしよ!」
「はい、粉物ではない……と」
ホルガーが素直に紙に結論を記載した。書き終えると、辺りの惨状を見渡しながら尋ねる。
「で、この混ぜちゃった卵はどうする?」
「そうなのよね……」
私はふむ、と腕組みをしつつ考えた。この卵自体は、文句なくうまい。先程顔面に激突した生卵を試食した私の味覚は、確かだ。問題は、一緒に混ぜてしまった方にある。
私は決断した。
「レオン!」
「お、おお?」
いきなり名指しされると思わなかったのか、レオンがビクッとして答えた。それにしても汚い。黒い髪には小麦粉らしき粉が付着しているし、エプロンどころか黒いシャツにも卵の黄身がべったりと付いている。
「この家に野菜とお肉はある?」
「え? あ、ああ、野菜ならそこのカゴに……。肉はない」
私はキッチンの奥の方にあるパントリーにガサッと置かれたカゴの中にある、やや干からび気味の野菜を片っ端から確認していく。玉ねぎ、オッケー。じゃがいももある。若干芽がでているが、この程度なら取ればいける。人参は黒くなりマンドラゴラの様になっていた。足が二本に分かれているのが、余計にマンドラゴラ感を醸し出している。
私は人参をゴミ箱に放り投げた。
「こら、投げるな」
レオンがクレームをつけてきたが、私はまるっとそれを無視した。そもそも食材を腐らせる方が悪い。
「……無視かよ。凄いな、お前のところの公爵令嬢は」
レオンがホルガーにそんな風に話しかけているが、私は更に野菜の選別を続けた。お、ズッキーニっぽいもの発見。この世界の食べ物は、作者の脳みそがお粗末だったお陰で、前世にあった野菜とほぼ変わらない。呼び方もそのままだし、味もそのまま。転生者としては、非常にありがたい。
「ナタは集中力が凄いんだ」
ホルガーが、優しい口調でそう言っているのが聞こえた。さすがホルガー、私のやること為すこと全て前向きに捉えてくれる、心の友よ。ホルガーが私のどす黒い内面を知ったら、ショックを受けるだろうか? いや、ホルガーのことだから、それにすら何らかの正当な良心的な意味を見い出すに違いない。少なくとも、今までそこそここいつにだけはオープンにしてきた私の性格を、奴は今のところ全て前向きに捉えていてくれている。
更にカゴの奥をがさごそと漁ると、底の方からキャベツが出て来た。キャベツは色々と使い勝手がいい。私は頷きつつ、キャベツを手にとった。
こちらの世界では、野菜は勿論無農薬。よって、虫も普通に付く。
キャベツに空いていた穴から、青虫が顔を覗かせた。
目が、合った気がした。
「――ひっ」
私がキャベツをカゴに投げ、次いで思わずくらっと立ちくらみを覚えると。
「ナタ!」
ホルガーが慌てて飛んできて私を支えてくれた。心配そうに覗き込む顔に浮かんでいるのは、焦燥感だ。この街に来てからは『消化』のスキルは一切使っていなかったが、それでもなかなか体重が元に戻らない。多分、私の元々の体質が太りにくいのだろう。なので、ホルガーは食え食えとうるさい。言われなくても食べているのに。
ふと、前世の私もこれ位だったら、もしかしたら死ぬこともなかったのかな、と思った。そうしたらこの世界に転生もしなかっただろうし、この心優しい従兄弟とも出会うことはなかった。
「大丈夫か!? 横になって!」
過保護全開の台詞を吐くホルガーに、私は首を横に振ってみせた。
「ち、違うのよホルガー。キャベツに、あ、あ、あ」
「あ?」
ホルガーが首を傾げる。キャベツと聞いて、レオンがカゴの中のキャベツを取り出した。穴からこんにちはをしている青虫を見つけ、あろうことかそれを指で摘んでずるずると引き出し始めてしまった。
「レ、レオン!? きもっ!!」
「俺のことを気持ち悪いみたいに言うなよ」
レオンがぶすっと不貞腐れ顔をしつつ、摘んだ青虫を窓の外にぽいっと放り投げた。ぽっかり空いたキャベツの穴に目を近付け、覗き込んでいる。信じられなかった。どんな神経をしてるんだろう。
「もういなそうだぞ」
そう言うと、キャベツを調理台の上に置いてキャベツをポン、と指で叩いた。
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