第6話 金物市でのトラブル
無事養鶏場のオーナーとの契約が完了したので、私は次の行動に移ることにした。器材の調達である。
公爵家の屋敷は、街の中心から程近い場所にある。その為、運動も兼ねて、私とホルガーは歩いて街の中心へと向かった。
公爵令嬢ともなると、護衛なしに外を歩くのもなかなかに難しいものがある。だが、このシラウスの街は片田舎で治安が比較的いいということと、一応は騎士でもあるホルガーが隣にいることから、二人きりでの外出許可が降りた。
誰の許可というと、ホルガーの執事のだ。
ホルガーの執事のシュタインは、えらく姿勢のいい白髪のオールバックの小柄なお爺さんで、長年ホルガーに仕えている執事の鑑の様な人だ。その動きに無駄は一切なく、こいつ実はアンドロイドなんじゃないかと思う程、生きている感じが全くしない。
躾にも厳しく、例え主人であろうがホルガーが何かやっちまったなあなことをしでかすと、遠慮なくピシャリとやる。その言葉は的確過ぎる程に的確で、大体ホルガーは何も言い返せなくて逃げる様にして私の元にやってくる、というのがこの屋敷に来てからのパターンだった。
日頃は年上ぶってるホルガーが子供の様に逃げてくるのを見ていると、普段は頑張って大人な雰囲気を作ってるだけなのかもしれない。
暫く行く内に、街の金物屋が並ぶ一角に到着した。そこそこな混雑具合だ。
そこで、ホルガーが偉そうに言い始めた。
「シュタインの奴を説得するの、大変だったんだぞ」
多少恩着せがましく聞こえるが、その大変さは分かったので、私は素直に頷いてみせた。
「だからさ、人のいない養鶏場に行く訳じゃないんだから、ナタは俺から離れない様にだな――」
金物屋といっても店舗を構えている訳ではなく、皆基本は出店スタイルだ。鍋は鍋、包丁は包丁、といった感じで、まとめて一箇所で購入出来るスタイルにはなっていない様だ。
とにかく泡立て器は必須だろう。あと、きっとお玉と、あとヘラもいる。ああ、ボウルがないとそもそも始まらないじゃない。
私が出店の商品を真剣に眺めていると、ホルガーがぐいっと私の手首を掴んだ。温和な顔をしているが、さすがは剣をぶんぶん振り回しているだけあって、力が強い。
「ナタ! 待て待て待て!」
振り返ると、焦った顔のホルガーが私を見下ろしていた。
「どうしたの? 痛いんだけど」
「どうしたのじゃない! 迷子になるから離れるなって言おうとした途端にもう横にいないのは、
「子供じゃあるまいし、大丈夫よ」
この世界では、十六歳からが成人だ。つまり、私は新成人。中身は大分熟しているが。
私はサラッとそう言って出店に視線を戻そうとしたところ、ホルガーが私の手首をまた引っ張って、私を引き寄せてしまった。そして、腰に手を回してきた。何やってんだこいつ。従兄弟といっても一応は女子な私なのに、ちょっとさすがに距離が近過ぎやしないか。
私は、ホルガーの拘束から出ようともがいた。
「ちょっと、ホルガー? これだと見にくいんだけど」
「迷子になるよりはマシだろ」
ホルガーはにべもない。
「だーかーら! 帰り道だってちゃんと分かってるから、大丈夫だってば!」
「俺が大丈夫じゃないんだよ!」
キッ! とむきになって言ったホルガーは、ボソボソと続けた。
「俺の精神衛生上の問題だから、離れないでくれ。な?」
そんなにシュタインに怒られるのが怖いのか。王太子のアルフレッドに啖呵を切った割には、案外肝っ玉の小さな男である。だが、まあ気持ちは分からないでもなかったので、私は渋々頷いてみせた。
「……分かったわよ、でも邪魔しないでね」
私がそう言った途端、ホルガーの顔に柔らかい笑みが浮かんだ。
「邪魔はしないから」
「全く……」
私はぶつくさ言いながら出店に視線を戻すと、まずはボウル、ヘラ、と見つけた順に購入していく。ホルガーは、持ってきていた大きな布袋にそれらを納めると、ガシャガシャ言わせながらも私にぴったりとくっついて離れなかった。
歩きにくさよりも、シュタインに怒られないことを取る公爵令息。大丈夫だろうか。私が横目でちらりとホルガーを見ると、ホルガーはにっこりと微笑んだ。
後はお玉と泡立て器だが、今のところ取り扱っている店が見つかっていない。この世界では特殊なのか? 調理場に入れさせてもらったことがないから、私にはそれが分からなかった。
すると、いきなり十歳位の男の子が、ドンッとホルガーにぶつかった。
「おわっ!」
片手は鞄、片手は私の腰にあった為、ホルガーは両手が塞がったまま。つまり、絶好のカモだったのだろう。肩がけしていた鞄から、さっと財布を奪われてしまった。
「あっ! こら待て!」
ホルガーは少年を追いかけようとして、私から手を離した。振り返って私を見ると、焦った顔で言う。
「ナタ! そこでじっとしてろよ! 動くなよ!」
「あーはいはい」
適当に返事をし、私は出店に再び向き直ると、ホルガーはガッチャンガッチャンとうるさい金属音を立てながら、少年を追いかけて行った。
これで落ち着いて見られる。私はスタスタと次の店を覗くべく、移動を始めた。すると。
「むぐうっ!?」
いきなり背後から羽交い締めにされたかと思うと、誰かの手で口を塞がれた。振り返ろうにも全く抵抗出来ず、さすがの私も焦り始めた。
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