0 ヴラスターリ
太陽が暮れていく。
黄昏だ。
建物が紅に染まり、その先にある、海は赤く、血の色を抱えている。
ヴラスターリは音にぎくりとして顔をあげた。
待機していた廊下で、ようやく出てきたヴァシリオスを見た。UGNの数名のエージェントたちに囲まれている。
審議の結果、彼は冷凍保存されるのか、それとも
「彼はジャームではないと認められたよ」
白衣を身にまとった科学者の戸口がエージェントたちの間から顔を出して答えた。
「今までの経緯やら配慮して、その上で遺産にあてられた余罪はあるけど、それはFHからの足抜けと情報提供、今後UGNで働くってことで許すってさ」
その言葉にヴラスターリは身を震わせた。
つまりは
「彼はジャームじゃない。ただ極めて暴走しやすい個体としてUGNは受け入れる」
その言葉をどれだけ待っていただろう。
ヴラスターリは震えながらヴァシリオスを見た。
本当は、このあとかすみやちよ、高見が支部で待っていてるからすぐにお祝いをするのだろうが、ヴァシリオスが話したいことがあると口にした。
戸口が行っておいでよというので、不思議がるヴラスターリは連れられるまま、建物の屋上に案内された。
外に出ると、まだ寒い空気にはぁと息を吐く。
ヴァシリオスが自分の着ていたコートをかけてくれた。
「生涯見張りがいるそうだ」
「見張り?」
「私の衝動をおさえ、道を踏み外さないようにみてくれる相手だ」
「……そう、その相手はどうするの?」
「君がいいと頼んだ。勝手をしたと思うが、君がいい。君じゃないとだめだ」
何を言われたのか理解できないヴラスターリはヴァシリオスを見つめたあと
「もちろん、私は構わないわよ。けど、片腕がないから戦力としてあなたを抑えられるかしら? アッシュにも許可を」
「そういうのではなくて……答えが聞きたい」
「なんの?」
意味がわからない。
「……私は……俺はプロポーズしているつもりなんだが」
その言葉の意味を理解できなくてヴラスターリはきょとんとした。
「君を愛してる」
太陽が沈んで、黄昏が暮れた。
この世界に永遠なんてない。
優しい夜に包まれて見つめあう。
「君が教えたんだ。この世界を恨みながらも共に生きようとする人たちの愚かさと醜さと努力を。傷つきながらも受け止めようとした者がいた、自分の罪を背負い続ける者がいた、受け止めてくれるものがいた。多くの者が共に生きることを望み、失敗し、憎み合い、争いながらも諦めずにいることを」
UGNの不動の望み――共生。
それはきっと、生涯叶うことのない。人は必ず争い合う、けれど望みを捨てることなく、寄り添うことはできる。だから願い続け、祈り続け、掲げて進むのだ。
人とオーヴァード、レネゲイドビーイング。
そのなかにジャームも、クローンもはいることだろう。
命が揺らめく黄昏ではなくて、優しい夜でもなくて。
「共に、夜明けを生きよう。君がいい、ヴラスターリ」
「……っ……! 私、私ね、あなたに言いたいことがあったの。私ね、あなたのこと愛してる。好き、とても好き。愛してる! 本当よ。本当に愛してるわ! あなたが私に教えてくれたのよ? この気持ちをっ」
ヴラスターリは勢いよく答えたあと、しゃくりあげ、喉を鳴らして泣きはじめた。優しい両手が伸びて頬を包む。
目の端に、ずっと先の海の靑さが目にはいった。
その色と同じ花を知っている。
すべてを許すという花言葉をたたえた花。いつかあの花と同じ色の夜明けに自分も彼もたどり着くために。
二人は微笑み合い、相手と繋がるために手を重ね、指を絡め、寄り添って、夜明けを子供みたいに待ち焦がれた。
エレウシスの秘儀 北野かほり @3tl
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