15 1ラウンドから2ラウンド継続
血が、沸騰するような緊張感と高揚が肉体を刺激する。
瞬く刹那。マスターレギオンの足元から血が現れる。まるで影のように浮き立つ血は円となって彼の手のなかに集まり、塊となって従者を産み出した。
次には、従者の一人が駆ける。
目にもとまらぬ早さで攻撃態勢に入ったかすみたちに接近し、手にもっていた槍を振るう。
「させるかぁ」
高見が声をあげ、鉾で受け止めるが、素早い槍の攻撃をすべて受け止めるのは不可能だ。
高見の脇腹、腕、足と細かい切り傷が生み出される。
従者が動きを止めたタイミングで横からかすみが雷撃を纏わせた両腕で殴りつけ血へと変える。
従者が一体消えたが、まだ従者は大勢いる。
「やばっ」
かすみが横目で差し迫ってきた従者を睨む。
槍が大きく振り下ろされる前に、それを食む蟲がいた。
椿が懐にある瓶を一つ叩き割り、そこから蟲が現れ、従者の動きを邪魔したのだ。
さらに従者の頭を後ろにいたエージェントが――血で作った弾丸で撃ち殺す。
ちよは後方支援の支部員が持っている大きなシールドの影に隠れ、必死に大賀の治癒にあたっていた。
ここでは治癒の力しかないちよは大賀の命を必死につなぎ止めることを考えて動くしかない。
必死すぎて額から汗を流しているちよは、ちらりと視線をあげる。
「かすみちゃん」
かすれた声で呼ぶ。
戦場で従者に叩きつけられ、なぶられても、戦うかすみは一輪の花のように気高い。
「かすみちゃん!」
自分は彼女を守るためにそばにいる。
かすみは一人では戦えない。誰かを守るためじゃないと力を発揮できない。
誰かを傷つけることを恐れているから、大義名分がいる。
いま、かすみは戦いを、ちよや大賀を守るためにやっている。とても孤独で、つらい戦いを、自分たちがさせている。
「・・・・・・ちよ、かすみ、は?」
大賀が意識を取り戻して聞いてくる。こんなときでも。
「戦ってる」
そっか、と大賀は力なく笑う。
「ごめん」
「なにが」
ちよはレネゲイドウィルスを使いすぎて朦朧とする意識のなかで問い返す。
「かすみ、戦わせちゃった」
「・・・・・・いいよ」
大賀はいつもそのために無茶ばかりする。
明るくて、元気で、太陽みたいなのに、いつも苦しいことを飲み込んで誰かのために戦う。
「ありがとう」
ちよが微笑んで言い返す。
従者がほぼ消されたなかで残ったのは大盾の従者と隻腕だった。
隻腕は大盾の従者が守る後ろから素早い追撃を繰り返し、高見に傷を与え続けた。いくら再生能力があるとはいえ痛みは尾を引いて、集中力を削いでいく。
椿はきぃとともにサポートしてくれても動き続ける的を捕らえるにはどうしてもスピードが足りない。
かすみにしてもすでに息が上がり初めている。
と
隻腕が前に出た。
かすみが咄嗟に防ごうとしたて――遅かった。
一撃が胸を突く。
「あ」
血を吐いて倒れるかすみ。
高見が身を捻って隻腕に一撃を与えようとしたが、大盾が宙を飛び、高見の肉体を貫いた。
疲れ果てたタイミングで攻撃にまわるという戦闘慣れした行動に見事にしてられた地面に伏した高見は急いで起き上がろうとするが、そこには隻腕が迫ってきた。
「ああ、くそめっ」
悪態をついたときには隻腕の片足が高見の喉を潰して殺した。
隻腕がそうして一人を仕留めて、さらに動こうとしたとき、その腹に大きな穴があいた。
その先にはエージェントが銃を――ロシア製のドラグノフ狙撃銃を構えていた。
穴があいた隻腕がゆらりと後ろに倒れそうになるのを大盾が慌てて支えようとして――頭が吹き飛ぶ。
二体の従者は血へと消えた。
「隊長、ナタリアっ! ……貴様っ!」
マスターレギオンが怒声をあげた。
「人間みたいなことをするな。お前の死人は私がすべて殺したぞっ!」
エージェントが怒鳴り返す。
高見、かすみが瀕死になって作ってくれたチャンスだ。
けれど、こんなことが言いたいのか? いいや、違う。こんなことを口にしたいんじゃない。
「死人は地獄へ帰れ!」
「お前は、私の邪魔をするっ!」
「黄昏なんぞない。それはただのまやかしだ」
「貴様……殺してやるっ! お前を私が地獄へと送ってやる!」
向き合い、一瞬、ためらいが生まれた。
いや、ここで全部出し切ると決めたなら迷うことはない。
脳で声がする。
自分を作り出した科学者がわけしった顔で告げた言葉を反芻する。
――イクソスは、自己暗示をかけることで能力を最大限まで引き出した
――彼らの調律師がそうだったんだよ
調律師とは、オーヴァードの能力を安定させるためのメンテナンスを行う科学者のことだ。
――自分を知り、自分となることで最大限力を出す
――古臭いけど、強いはずだ
――君は、イクソスであると自分に自己暗示をかけ、彼のデータをダウンロードする
――それによって彼の力を引き出す
つまり自分はただの入れ物ということだ。
――けど、本来、人格は一つ。行為的に人格を作ることもできるが、君はそういう向きではないね
――何も知らず、空っぽであること
――自己暗示をかけることで能力を引き出すことはできるだろう
――ただし
――生まれたときに出来た君という個はその都度に破壊される
――使ってもいい回数は五回
手をひらいてわざとらしく教える。
――それまでに君が君として個を成立させれば、この暗示は意味がなくなる
――たとえば名を与えられ、君が何者かと自覚すれば
そんなの、無理に決まってる。
名前を与えられ、存在を許されるなんて――それは生きてほしいと、自分を肯定してくれるということじゃないか。
誰でもいいわけじゃない。自分は、自分は――彼じゃなきゃいやだ!
ああ、知ってた。そんなこと。
出来るだけ自分を作らないように、食べることもなく、人と関わることもなく、過ごしてきた。
今日で、その五回目。
マスターレギオンと交戦し、そのたびに追いつめられて使った切り札の最後。
今使わずに、いつ使うのか。
これで自分が消え去っても構わない。
「アルファ、ベータ、申請、真名解放を行う。ゲッシュを!」
――許可します
――補助:唱歌を発動します
自分のなかに流れ込んでくるはるか彼方にあるであろう、無衛星アルファとベータの機械的な声――レネゲイドウィルスを使い、作られた補佐するためだけの無機質なレネゲイドビーイングたちの声。
自己暗示をかける補佐として作られたオリジナルたちの使っていたシステムは未だに健在だ。
「我は猟犬、法と秩序の首輪を」
――すべてを裏切り、すべてを成した
「徒花のごとき咲き乱れて憂愁の美を咲かす」
――世界の果てまで、命の終わりまで
「さぁ、我が最命のブランカたちよ。聞け」
――叶わぬのならその手でと希う
「我が名は汝らの勝利」
――我が名は汝らの敗北
――真明を解放!――
「名もなき怪物!<ブランカ>」
――ベツレヘムの星<ユダ・イスカリオテ>
自分の声と脳内で誰かの声が重なり合い、一つに溶けて、目覚める。
解放されるかわりに自分が壊されていく。
刹那。
自分を殺して、彼が目覚める――彼へと成り切る。
「お前を殺してやるよ」
彼が、自分の唇を使い、笑う。
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