6 昼真の調査

「すまない。椿殿、うちの馬鹿たちが」

「気にするな。集めて会議する手間が省けた。先ほどの話は聞いていたか? マスターレギオンの正体についてだ」

 椿の言葉に全員が顔を合わせて少しばかり微妙な顔をする。

「すいません、オレら全部は聞いてなくて」

「きぃちゃんがほら椿さんとアイシェさんが近いって」

「近いですっ」

「嫉妬の炎ごうごうで」

「父さんが浮気するから」

「・・・・・・うわき、よくない」

「誰が浮気だ。まったくお前らなぁ~~」

 仕方ない、と椿は呟き、アイシェの調べたことをかいつまんで話すと反応はそれぞれ微妙なものだった。

「同情はできるってやつか」

 大賀はどこか母親に叱られた子供みたいにしゅんとしている。彼はチルドレンとして――チルドレンはひどい扱いを受けてきた。名前を消され、能力開発のための訓練を行われ、気が付いたら隣にいたやつが死んでいる。それが当たり前の日常。

 今でこそチルドレンは一般人と同じ扱いを受けているが、それ以前はひどいものだった。

 大賀はそのひどいときに生まれたチルドレンだ。だからマスターレギオンの受けた屈辱や苦しみを理解はできる。

「だからって、私は許せないけど」

 ぼそりとかすみは呟く。

「かすみ」

「大賀は同情してるけど、私はだからってそれを理由にできないと思う。だって、大賀はそうはならないでしょ」

 途中覚醒で保護されたかすみとちよは過去のチルドレンの扱いについては知らない。だから目の前にいる大賀を基準にしてチルドレンについては考える。明るく、優しい彼がどんな地獄を味わったのかはときたま現れる箸の持ち方や、常識の知らなさで伺い知れた。それを大賀はいつもちゃんと笑って直してきた。

 真摯な言葉に大賀は寂しく笑った。

「オレは、たまたまだよ。たまたま、支部長がいて、かすみたちがいたから」

 かすみが眉をひそめたが黙っていた。

「そうだな。同情の余地がないわけではないが、あいつはやりすぎた。それに知っていながらあいつは選び、行った。それは明らかに罪だ」

 高見の言葉に全員が深刻な顔で黙りこくる。

 椿はちらりとちかを見た。

「お前はどう思う」

「え。私、私は……」

 急に問われたちかは俯いて、首を横に振る。

 一番彼の被害を受けたちかは、けれど答えを出しかねているのにちよがかばうように前に出た。

「ちかはまだいろいろとわかってないです。まだいろいろと聞いたりするのは酷だと思います」

「ちか?」

 高見がきょとんとする。そういえばここには名乗りに来たのに忘れていた。

 ちよがちかの背中を押して高見たちの前に差し出した。

 ちかはおずおずと笑って

「わたし、ちか、名前、もらいました」

「ほぉ、可愛いな」

「よろしくお願いしますね」

 高見とアイシェが微笑むのに、ちかが頬を赤く染めて興奮する様子を椿は静かに眺めている。

「椿さまぁ、名乗らないんですか」

「もう名乗っただろう。しかし、マスターレギオンに対しては、立場から印象が異なるな」

 同じ立場だからこそ同情する大賀と高見、知りながらも許せないかすみ。

 また答えを出せないちか。

 自分から発言を控えたちよ。

 そしてここにはいない

「あの女は知った上で、マスターレギオンをどうしようと思っているんだ」

 マスターレギオンとともにアイシェに頼んで調べてもらい、テレーズの伝手も使い確認した。

 赤毛のエージェント――そのデータは本部にすらなかった。

 アッシュ公式のエージェントとして持っているシンボルは本物だった。テレーズがアッシュに直接問い合わせをしたが、「エージェントは存在する。彼女の行いは自由とする」以外の返事はなかった。

 傲慢だが、仲間に対する庇護欲が強いと言われるアッシュが好きにさせている。それだけ彼女は内側の存在なのか。

 名もなく、存在すら隠蔽された彼女が一体何者で、どうしてここにいるのか。

「すべてキナ臭い」

 ぼそりと呟く椿にきぃが目を細めて笑う。幼い手を伸ばしてマスターレギオンの経歴の書類を撫でた。

「おいしそう」

 ちいさく、ちいさく、呟いて赤い舌を出して微笑んだ。


「ちかか、だったら苗字が必要だな。私がつけてもいいし、私のを名乗ってもいいぞ」

 高見が太っ腹なことを口にする。

 支部長として高見は厳しくも、ときには母のように、姉のように、家族として支部員たちに接してくれる。

 大賀のことも、彼を引き取り、苗字を与えたのは高見だ。

 かすみとちよのことも、問題があると判断されていても「構わない」の一言で受け止めてくれた。

 このММ地区に属するエージェント、チルドレンは他で引き取りが難しい者が大勢いるが、彼らが問題を起こしていないのは高見のなせるわざだ。

「みょうじ?」

「家名のことだ」

 家名と言われても少女にはぴんとこなかったらしく、きょとんとしている。

「お前の、そうだな。家のことだ」

「いえ」

「レネゲイドビーイングにはそういう感覚はないのか」

「わからないの。ごめんなさい」

「謝ることはない。そうだな。家族、帰るべき場所のことだ」

 少女が目をぱちくりさせたあと

「家名、ほしい」

「うむ。じゃあ、私のやってもいいといっただろう? つまりは、家族。ここに帰ってきていい」

「たかみ?」

「そう、たかみ、ちかだ。うむ。ゴロもいいな」

 自画自賛する高見にちかは目を輝かせる。

「私、ここに、帰ってきていいの?」

「当たり前だ」

 なんのことはないように高見は言い返す。この屈託のなさが高見のいいところであり、悪いところだ。

「また支部長は」

 と、大賀が苦い顔をしている。いつも明るい大賀だが、年上で支部長である高見のこうした無邪気さに不安を覚えているのだ。

 受け止めてもらった側だからこそ、新しい子がはいるといつも大丈夫なのかと考えてしまう。

 自分だってちかと親しく遊んでいたのに、高見になると話は別らしい。

「まぁまぁいいところじゃん、うちの支部の」

「そうだよ」

 かすみとちよが大賀の肩を叩いた。

 笑顔だったちかの顔がふと消えた。とても不思議そうに高見を見つめる。

「みんな、やさしい……私、なにかしたほうがいいの? みんな、ここにいていいっていうの。居場所をくれるの」

 不安と期待をないまぜにした瞳はまっすぐ高見を射抜く。

 今まで、すべてがそうだったのだろう。

「よく食べろ、よく寝ろ、よく遊べ。そして笑っていてくれ。それが理由だ」

 腰を落として、視線を合わせて高見は力強く断言する。

「それでいいの?」

「ああ。私にはそれで十分だ」

「高見に、なにもしてない」

 何か、対価がいると思っているのだろう。求められないことの不可思議さがちかを恐怖させていることも高見は承知している。

「ちか。もし、お前と同じようなものがいれば、お前はそれを助けてやれ。同じように接してやってくれ。私は不自由していないから、お返しはいらない。次に渡してやるんだ」

「次へ」

「人というものは、そういう風につながっていくものなんだ」

「……」

 見つめあう瞳の無垢な輝きは、自分の言葉をまだ理解していないことも高見は承知した。

「ゆっくりと考えろ。考えて見極めるといい」

「う、ん」

「さて、お菓子をいっぱい食べているな? あまり食べ過ぎてはごはんが食べれないぞ。おやつは一日一個だ! もらったぶんは、袋にいれて……私が保管しておいてやる。ほら、大賀、お前も出せ」

「えー、せっかくもらったのに」

 大賀が唇を尖らせると、高見がジト目で睨みつけて、耳を引っ張った。

「食べ過ぎだ! 馬鹿者め! ほら、行くぞ。ああ、ちか用のおやつ袋を見繕わないとな。悪いが少し休憩をもらうぞ」

 一方的にそう言うと高見は歩き出すのに椿は両肩を竦めた。

 かすみたちも高見のあとに続いていく。残されたのは椿とアイシェときぃたちだけだ。

「アイシェ、茶をいれてくれ。僕も休む」

「わかりました。少し眠ってはいかがですか?」

「……三十分寝る。そのあと茶だ。日本茶がいい。久しぶりに」

「用意しておきます」

 アイシェが返事をすると、椿は椅子に身を預けて目を閉じた。その膝の上にきぃがのしかかり、侘助が床に腰かけると椅子にもたれるようにして沈黙した。

 眠りについた彼らはまるで自分たちしか寄り添うものがないような態度をとる。

傷ついて、生き場のない孤独な魂が彷徨い、居場所を求めるような光景にアイシェは下唇を噛みしめた。

「あなたはここを居場所とは思わないんですね。隊長」

 少しだけ悔しさを交えた呟きが零れ落ちた。

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