4 昼真の調査
「次、あっちいこう。ほらほら」
笑顔の大賀に手をひかれて、片手には大量のお菓子を抱えた少女が一生懸命、歩いている。
大賀は目敏くちよとかすみを見つけて、大きく手を振った。
「どこにって、どうしたの。それ」
「ふふん。よくぞきいてくれましたー。実はこの子が今の支部をみたいっていうから、一緒に移動して挨拶とかするとみんな笑顔でおやつくれるんです」
「それ、アンタがくれっていってるんじゃないの」
と、かすみ。
「失礼なー、オレ、そんなこと言ってない」
態度が語っているのは含まないつもりだ、こいつとかすみは呆れた。
笑顔の大賀と無垢な少女の組み合わせは、それだけでついついかまいたくなる。
その証拠に少女も大賀もせしめたおやつがいっぱいある。
かすみが呆れていると、少女がおずおずと前に出てきた。そして自分の持っているおかしを差し出してきた。
「えっと、これは」
「あ、げ、る」
たどたどしい言葉にかすみは驚いた。
「えっと、けど」
「それは、あなたがもらったものでしょう?」
戸惑うかすみにちよがやんわりと微笑みかける。けれど少女はふるふると首を横にふってお菓子を差し出してひっこめてくれない。
「あげ、たいの」
二人は顔を見合わせた。
これは、もしかして助けたことへのお礼をしたいと思っているのだろうか。
任務として当然のことだをしただけだ。せっかくもらったなら少女に食べてほしい。
「わらう」
「え?」
「なに?」
「もらうと、わらう」
少女は真剣に言葉を繰り返す。
その意図することがわからないかすみは首を傾げる。
「あー、オレら、お菓子もらって嬉しくて笑ったから、それをしようとしてるんじゃないのかな? つまりさ、二人に笑ってほしいんじゃないの?」
大賀の言葉にちよとかすみは驚いた。
はじめて、自分を受け入れて、優しくしてくれる人々、そして彼らの何気ない贈り物。それが少女にどんな影響を与えたのかは、真剣な顔を見れば容易に想像がつく。
とても、嬉しかったのだ。
自然と口元がほころんでしまうくらいに。
その気持ちをあげたくて、少女は自分が食べるよりも、ちよとかすみにあげようとしている。
「そっか。そっか~~」
かすみがにまにまと笑って、少女の手からお菓子を受け取る。
「ありがとう。けど、一個でいいよ」
「私も! みんなで食べよう?」
「みんな?」
きょとんとする少女にちよが自分を指さしたあと、少女を指さす。
意味が通じたらしく少女は頬を赤く染め、大きく何度も頷いてくる。
ちよは微笑み、少女の手を、ゆっくりと握りしめる。少女がおずおずと握り返してきた。
「外で食べよう。天気もいいし」
「外?」
「うん。出てもいいよね?」
ちよがかすみと大賀に確認する。
少女は保護をする対象だ。おいそれと外に出して危険なことにまき込められてはいけない。
攻撃能力のないちよでは守れない。かすみと大賀のような戦闘能力がある人が一緒でないと困る。
大賀とかすみは視線を合わせて肩をすくめて頷いた。こういうところが二人は仲がいい。
「行こう」
かすみが促し、大賀が笑いかけてくる。
建物を出てると日差しがあたたかく、冷たい風が肌を刺激した。もう冬の終わりだと全身が感じられる。陽気さと寂しさを感じさせる。
青空の下を少女はおずおずと歩いていく。
「なんか、溶けそう」
「白いから?」
「うん。アイスみたいにさ」
かすみが真剣に口にするのにちよも少しだけ納得する。バニラアイスの精がいたら、きっと彼女だ。
「なんで雪じゃないッス?」
大賀が呆れた顔をした。
「オレは雪をイメージするけど」
「だって、ほら、ここらへん降らないし」
「そうだよー。そっか、大賀くんは雪が降るところの出身だっけ?」
「そ。なんとなく覚えてるだけだけど」
大賀もチルドレンだ。朗らかで明るい性格だが、いろんな経験をしてきた。これ以上踏み込むのはタブーだとちよは感じながら聞いていた。
「きれいだった?」
「なにが?」
「雪」
「……うん。きれいだった。あの子みたいに。なんかふわふわってしていて、消えちゃいそうで」
大賀がどこか遠いとこめを眺めるように目を眇める。それが憧憬を孕んでいるのをちよもかすみも感じた。
「ねぇ」
「ん? ほら、呼んでる」
大賀の声に見ると、女の子がベンチを見つけてぶんぶんと手を振って招いてくる。
かすみが何か言いたそうな顔をするが、大賀は笑って駆け寄っていく。
「かすみちゃん、なんかあったの」
「え、いや。ううん。ううん。なんでもない」
「ふーん」
かすみが駆け出すのにちよもあとにつづく。
ベンチに腰かけて、日差しを浴びながらせしめたお菓子の封を開けて食べていく。
チョコレートはとろりと溶けていく、せんべいはしおっからい、キャンディは甘い。
当たり前の日常。
少女は何か食べるたびに目を輝かせて、ちよとかすみを見つめてくる。おいしい、うれしいを言葉にしたいけれど、どう言葉にしていいのかわからなくて――誰も教えてくれなかったから、無垢な瞳で、微笑みで、雄弁に、少女は全身で語ってくれる。
出会ったときはなんとも弱弱しいと思ったが、お菓子を食べるたびに笑って、腕ぱたぱたさせている姿は活発さを感じる。
何かに気が付いたように少女が動きを止めたと思えば立ち上がり、ふらふらと歩き出す。
「ちょ」
かすみが止めようとするのをちよが制して、そのあとを追いかけていく。
少女が向かったのは、道路を一つ挟んだ公園だ。
幸い車は通っていないが、少女が道路を渡るときは少しばかりはらはらとしてしまった。
そうしてたどり着いた公園の、遊具に向かうのかと思えば少女は花壇へと足を向け、立ち尽くすのに見ると、花が咲いている。
空よりも濃い。
海の、深い海の底の色だ。
「ネモフィラ」
かすみがぽつりと呟く。
「五月ぐらいからだと思ったけど、もう咲いてるんだね」
「花の名前、知ってるの?」
ちよが驚いて見るとかすみは、なにを当たり前なことをという視線を向けてきた。
こういうところがかすみは女の子だ。
「ねもふぃら」
はじめての言葉を少女は噛みしめると屈みこんで花に手を伸ばした。
「つんじゃだめだよ」
かすみが慌てて少女を制した。
きょとんとした顔で少女はかすみを見る。
「きれい」
「うん」
「あげる」
きれいだから、かすみやちよにあげる。
とても幼く、わかりやすい行動原理にかすみは苦笑いして首を横に振った。
「ありがとう。けど、だめだよ。これは公園の、みんなものだから」
「……」
「それにこれをもらっても私もちよも、大賀も笑わないよ。困るかも」
「困る?」
「そ。だって命があるものから命を奪うなんてひどいことなんだよ」
「ひどいこと」
「そ。痛いとか、殴るとかよりもひどいこと。このまま自然のなかで咲かせてあげるのが一番いいんだよ」
かすみの、やんわりとした嗜めに少女は考えこんで黙りこむ。
「摘んだら、すぐに枯れちゃう。しおしお~になるの」
「きれいじゃない?」
「そうだね。枯れたものはきれいじゃない」
「そっか」
かすみが止めた理由をよくわかっていないが、それでも納得はしたらしい。
「きれい」
「あなたもきれいよ」
ちよが横に腰かけて微笑む。
「真っ白で、そうだ。この花の白い部分みたいだよね。髪の毛、きらきらしたら青色ぽくも見えるし」
「青っていうか銀じゃないかな」
と、大賀。
少女の髪は白、いや、太陽の下では銀に見えた。雪をはじめイメージしたがこうして花の中にいると、海の泡みたいだ。
花の色を反射して薄い青に染まる銀の髪は、穏やかな海の水面のようにもみえる。
「きれい?」
「うん。きれい」
「……これ、わたし、きれい」
花と自分のことを交互に指さして少女は言う。
「うん。きれい」
「かわいい」
「かわいい、かわいい」
三人そろって褒めると、少女は嬉しそうに笑ったあと、すぐに唇を閉ざしたあと
「ネモフィラ、ネモフィラ」
自分のことを指さした少女がいう。
意味を理解するのにかすみたちはたっぷり一分必要だった。
名前。
自分にはないもの、けれど自分も花と同じくきれいなら、同じ名前があってもいいと言いたいげに。
「……名前、決めようか」
ちよが笑って提案する。
「私たちが決めてもいい?」
少女は意味を理解したのかこくんこくんと一生懸命に頷く。
「じゃあ、私とかすみちゃんが見つけたから。それぞれ一文字とって、ちかちゃん」
「ちか」
「だめ?」
「ちかっ!」
元気よく少女は声をあげる。
とても嬉しげに名を与えたちよは目を細めた。
見守っているかすみと大賀は視線を合わせて笑い合った。
与えることに躊躇いをちよは持たない。それが大賀とかすみにとっては救いだ。
「わたし、ちか」
少女が、ちかが声をあげる。
「うん。ちかちゃん」
「いい名前だね」
えへへとちかがはにかむ。
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