ミドルフェイズ


 いつも見る夢だ。何度でも、繰り返し。自分がどうして生まれたのかを思い出すように。


 紅。爆ぜる。

 冷たい風。砂。

 白い砂は骨の色。なにもかも滅んだあとの姿。この世にあるもののすべての末路。

 そんななかで彼だけが生きていた。砂を蹴散らし、抱き上げて、必死に声をあげる。泣いている。泣きながら自分を見つめている。

「隊長、死なないでください」

 必死の訴え――否定の微笑み。

 何もかも悟ったから彼は泣き続け、悲鳴をあげた。

 信仰深い彼のために与えたドックタグ。

 天使を彫り込み、天国の門に連れていくと口にして交換したそれを彼は引きちぎり、自分のぶんも奪い取る。

「ここで私もあなたと死ぬ。ここで・・・・・・ヴァシリオス・ガウラスは、あなたが連れていってください。イクソス隊長

 こんな結末であなたを無くすことだけは受け入れられない」

 天国の門を自ら閉ざして。

 祈るように口にした絶望。

 ドックタグを根本から失い、地面に転がる左腕に握らせて。

「私は狂ってしまったんでしょうか、あなたをそんな姿にして、これからも私は絶望するたびにこうして・・・・・・こうしてしまうんでしょうか」

 赤い血まみれの従者は静かに笑った。


 切り替わる。

 無機質の白。

何もかえることのない人工の白。


 ――こうなることをすべて予想していたから遺伝子マップを提供したんだろう。願うのはたった一つ。彼を救うこと。この命、この生、この祈り、すべてをもって

 ――お前はそのためだけに生まれたんだ

 ――クローンの唯一の成功例

 ――おめでとう。イクソス。お前の願いは叶ったぞ


 目覚めたとき、絶望の産声をあげた。

 あなたを必ず殺す。

 わたしはそのためだけに生まれてきたのだから。




 この国は、夜でも眠らないと噂で聞いていた。

 確かにネオンは輝いて眩しい。昼間よりも、明るいくらいだ。

 シャワーを浴び、エージェントはタオルだけ身につけた姿で栄養ゼリーを口らくわえて吸いながら外を眺めながらぼんやりとしていた。

 取り逃がした。

 自分はまた失敗をしてしまった。

 仕事用の携帯電話に先ほどからメールが何通か送られてきている。たぶんアッシュだ。

 ――反対だ。あれを追いかけるのは

 ――お前はもう一年も失敗しているんだぞ

 アッシュの正しい発音の英国語は冷たく、頭に響く。

――お前は切り札をすでに使い切っているんだろう

 そんなことはわかっている。

 生まれてから九ヶ月後ずっと彼だけを追いかけ、ここまでたどり着いた。

 三ヶ月前の任務でマスターレギオンを止められず、まんまと遺産を持って行かれてしまい。彼は今までにない大々的なテロを行いはじめた。慎重で警戒心の強い彼にそぐわない方法で。

 遺産が彼を変え始めた。

 人の手にはもともと余るそれに彼は歯止めなく暴れ始めている。

 目的が達成できるという高揚感。

 何を犠牲にしても果たせない目的。

 ジレンマのように彼をさいなみ続けるままならない現実。

 死者はどんなことをしても蘇ったりはしない。

 マスターレギオンの周りにいる従者たちは生前と違うのに、まるで生者のように振る舞っている。

 彼らは生きていたときのように語り、囁き、いつかの裁きを待っている。

 それが本当に死者の言葉なのか。

 はたして彼の妄想からなる妄言なのかはさておいて。

「マスター、大丈夫ですか」

「大丈夫よ。アリオン」

 自分の相棒であり、サポート役のアリオンは今テーブルの上にちょこんと黒薔薇の髪飾りとして大人しくしている。いつもはこうして言葉だけの干渉しかしてこないが、どうしようもないときは戦いも手伝ってくれる。

「彼の荷物、いくつか改めたけど、とくになにもでてないわね」

「尻尾はつかめませんね」

 マスターレギオンの荷物は回収したが、そのなかに彼の行き先に繋がるメモや遺産についての詳細もない。

 改めて点検すると口にしてUGNの者たちから受け取ったが、エージェントが探ってもとくになにもない。

 部屋の片隅においたままだ。

 荷物のバックのうえに載せたコート。軍人時代から彼が使っているもので古びて、ぼろぼろになっているそれをちょっと広げる。

 彼の生まれは暖かいところのはずだ。今頃、寒さに震えていないといいがと頭の片隅で思いながら、手にとったコートのぶかぶかさに目をぱちくりさせる。

「・・・・・・彼って大きいのね」

「マスター?」

「なんでもないわ」

 大きなコートに顔を埋めると、砂の匂いがした。

 死者たちがすべて骨となり、砕け、すりきれ、そして――砂へと戻る、無感動な香り。そこに血と妄執が混ざり込む。

 私が生まれた理由。

 ここまできた理由。

「あなたを、どうすればいいのかしら」

 どうしてここまできたのか未だに答えが出てこない。

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