第280話 彼らが選択した惨劇⑤

 シェイリーはあたしに視線を合わせたまま微動だしなかったが、ぐるんと頭を動かしながら、二回ほど瞬きをした。幼女の目から魔王の目が薄らぐ。


『まだ大丈夫、私の願いはまだ完全じゃないもん。言ってやらないと完成しない。だからもうちょっと、猶予があるみたい』


 体中が白と黒のまだら模様になっている。ジワリジワリと黒の面積が広がっているようだ。

 シェイリーはまだらになった顔に苦笑いを浮かべるが、まるでひび割れた人形のようだ。


「シェイリー。まだ切らなくてもいいか?」


 シェイリーは頷く。


『おねえちゃん、ナルベルトのところへ行きたいんだよね? 感じ取れるよ。私が案内するからついてきて』


 信用して……もいいか。どのみちナルベルトを見つける前に村人に発見されるだろ。虎穴に入らざれば虎子を得ず。ここは賭けにでよう。

 あたしは構えを解いた。


「わかった、頼む」


『うん。まずは、おねえちゃんが移動しやすいようにするね』


 そう言った途端、シェイリーの両目から大量の涙が流れた。

 ぽろぽろではない。滝が高所から落ちているような勢いで、大量に涙が地面に吸い込まれている。しかも濡れていない。生えている雑草に水滴がつかない。


 変化はすぐに現れた。

 綺麗に整頓されていた道や住宅が、小さな細い蔓に巻かれてていく。凹凸や隙間を埋めるように蔓に飲まれてゆく。


 これは毒霧が発生した時と同じだ。

 違う点をあげると花の色だ。蔓が膜のように居住区を覆い、緑を押しのけて白い花の群生が一斉に開花する。花は村で繁殖していたリリカと全く同じ形だった。


 あたしは驚いて目を見開いた。


「一瞬にして景色を変えるとは思わなかったぞ」


『でしょ』


 泣き終わったシェイリーの真っ黒い両目から、ひび割れたような模様が体中に広がっている。

 額の熱も増し、疼き始めた。シェイリーの自我もあと少しで消える。

 シェイリーは前方を指し示した。


『おねえちゃん。ナルベルトお兄ちゃんが吃驚して出てきたみたい。こっちだよ、ついてきて』


「分かった。案内を頼む」


 あたしが頷くと、シェイリーはシューっと、地を滑るように動きだす。速い速度だったので駆け足で後を追う。

 もう戦闘になる。いつでも攻撃できるように刀を抜いた。


 居住区に侵入してすぐ、突然の緑化に驚いた村人たちが右往左往している場面に遭遇した。


「なんだこれは?」

「村が?」


 あたしは身を隠そうとしたが、シェイリーが腕を掴んだので引っ張られた。

 風のような感触なのに力が強いな!


「おい! みろ!」


 すぐそばを通る不気味な幼女の霊魂を見て、村人たちは度肝抜かれたように狼狽するが。


「あいつだ!」

「いたぞ!」


 その横を走っているにあたしに気づくと、怯えの色を脱ぎ捨てて鬼に変貌して追ってくる。


 相手しようか迷った時に、村人達は盛大にすっ転んだ。手をついて立ち上がろうとするが、何故か動けないようだ。


「なぁ! 蔓がひっかかっ」

「ぬ、抜けん! 何故じゃ!」


 足に蔓が絡まり、抜け出せないようだ。騒ぎを聞きつけ集まった村人達も、皆等しくすっ転んで蔓に足を奪われる。

 足止めが作用してこちらに来れないみたいだ。


「ひぃ!」

「なんだあれ!?」


 シェイリーを見た老人や大人は驚愕の表情を浮かべる。腰を抜かす者もいれば、逃げ出したり、家に籠る者もいた。


 それとは反対に、子供達は

「シェイリーだ」

 と嬉しそうに手を振っている。

 シェイリーも少し微笑んで手を振り返していた。


 あたしに注目した者は足止めをくらい、シェイリーに注目した者は怯える

 魔王が役に立つ日がくるなんて驚きだ。


 遠距離攻撃が来るかもと警戒していたが、飛んできた矢は蔓が受け止め、放った木こりを絡め取っている。そのおかげで、あたしまで攻撃が届かない。


 脇目も振らず目的地へ移動する途中で、焼けた家がぼつぼつあった。緑に囲まれていても焦げた残り香が鼻につく。あいつは建物を沢山焼いたんだな。


『いた。あそこだよ』


「わかった!」


 シェイリーの案内で辿り着いたのは、医者の家の付近だった。

 道を通せんぼするように数人が固まっている。

 人の姿ではないナルベルト。村長夫婦。そして地下にいた木こり二名と医者とその助手。もう一人は新顔だ。若い女性で白衣を着ているので助手だろう。

 全員が落胆して涙を流している。特にナルベルトは膝をついて地面に伏せるながら激しく泣いていた。


『みーつけたー』


 重苦しい雰囲気に向かって、清々した笑顔を浮かべたシェイリーが呼びかける。

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