第278話 彼らが選択した惨劇③

 ほどなくして、前方から数人の気配がした。あたしは急いで草むらに身をひそめ、シェイリーは木の上に隠れる。

 言わなくても動いてくれて助かった。霊魂とはいえ視えるから隠れてもらわないと困る。


 数人の村人がやってきた。若い青年たちだ。斧やら剣を携帯し、全員同じ服装をしている。見たことない顔ばかりだが、木こりの集団だ。

 あいつら変に強くなっているからな。出会うと厄介だ。やりすごそう。


「霧がない」

「女もいない」

「薬はどこだ?」


 一見すると普通の村人だが、彼らの顔は引きつっており、目をギョロギョロさせ注意深く辺りを見回している。遺体を素通りして気にも留めていない。

 完全に洗脳中だな。


「どこだ」

「どこだ」


 木こり達は草原をぐるりと一周して住宅地の方へ向かっていった。

 ぐるっと見回っただけで隅の方はノンタッチ。わたし達が隠れているところには全然近づいてこなかった。


 全然探してないだろ。まぁ助かるけどもさ。


 彼らの姿が見えなくなったのでゆっくり立ち上がる。


「警備ザルだな。さて、魔王の居場所を探さないと」


 狙いは魔王のみ。

 不意打ちが好ましいが、ちょっと位置特定が難しい。

 シェイリーが傍にいるので呪印の感覚が分かりにくいんだ。居住区にいる。としか感じとれない。多分、近づくにつれ鮮明にわかるはずだ。


 位置以外にもう一つ問題がある。村人に見つからずに探し出さなければならない。想像するだけでも至難の業だ。


 一人でも見つかると即戦闘になる。そうすると、村人全員倒してから最後に魔王討伐、という流れになってしまう。


 敵を全滅させて勝利を得る。というのは、物語の英雄王道パターンだ。話としては面白いが、それを実行するのは勘弁願いたい。


 敵の数が多いっていうのは、それだけで十分脅威だ。

 攻撃や回避し続けると体力がいつか尽きる。休憩なく息つく間もなく、近距離から中距離から遠距離から、果てはアニマドゥクスまで間髪入れずに受けた日にゃ、あたしだって撃沈する。


 なるべく村人に遭わないルートか。

 さて。どう進めばいいのやら。


 侵入ルートを考えながら、木で身を隠し移動をする途中で


『ナルベルトお兄ちゃんを探すの?』


 シェイリーが木から降りてきて、あたしの真上についた。

 目印みたいじゃないか。真上は止めてほしい。


「真上にくるな。横にこい。あと身を低くしろ」


『はーい』


 シェイリーは素直に指示に従い、あたしの傍にきてしゃがんだ。


「そうだ。そいつを探さないと話にならない」


『ナルベルトお兄ちゃんが魔王なんだ。そっか』


「知り合いか?」


『うん。お父さんも木こりだから昔よく遊んでもらったの』


「そうか」


『でもナルベルトお兄ちゃんも私を殴って殺したから、今は嫌い』


「そうか」


 この村人、目的のためなら容赦しないな。逆に感心するぞ。


「あんたを殺した人間は沢山いるんだな」


『うん。私を殺したのは木こり達と村長だけど。手を下さなくても村の大人全員が私を殺すと決めたよ。たぶん、四十代から上の人達』


 うん?

 今、何か引っかかった。


「四十代から上のやつら……そう思うのは何故だ?」


 シェイリーは瞬き一回行ってから、右手の人刺し指で頬を押さえながら、顔を斜めに傾けて上を見上げる。


『おじさんやおばさん達は、いつも私に『死ね』って言ってたの。自分たちだって私くらいの子供がいるのにね』


「未知の病が流行る事を恐れた、にしては酷い話だ」


『うん。酷いよね。でも魔王になってその気持ちが分かった。大人なのに死ぬのが怖かったんだね』


 でも、それとこれとは別だけど、と。シェイリーは冷たく言い放つ。


『リリカの根は毒にも薬にもなることを魔王から教えてもらったんだ。私の病気はちゃんとした分量の薬なら治ってたんだって』


 脳裏に白衣を着た老婆を思い出す。

 嫌な記憶も一緒に掘り起こされ、あたしは奥歯を噛み締めた。


「あの医者もヤブか」


『そうとも言えないの。小さな子は数十年に一度しか患わないから分からなかったんじゃないかな? それで結局、調合と量を間違えちゃって悪化したから、不治の病扱いにされたみたい。えーと。これって投薬ミスっていうんだね。魔王になったらいっぱい色々分かって楽しいね』


 シェイリーは屈託なく笑った。


「魔王になると色々情報が流れてくるのか?」


『うん。魔王と同化したら、依代達が得ている知識が全て読めるみたい。本というよりも、なんていうのかなぁ。質問に答えてくれる先生みたいな感じなの』


「別の意識がある。ということか?」


『そんな感じ。頭の中に別の頭があるみたい。それがゆっくりと重なっていく感じ。だから私がどうして死んだのか、どうすれば助かっていたのかを聞いてみたんだ』


 シェイリーは座ったまま、スススっと滑るように地面を進む。あたしは少し後方からついて行った。


『でも可笑しいよね。調合が間違っていたのに気づかれず、薬を飲んでも悪化したから、今までとは違う、呪いだ、災いだ。と決めつけられて。私を殺して遠い場所に埋める事で。災いを遠ざけたつもりになった。と、そんな事を聞いてしまったら』


 そこまで一気に喋ったシェイリーは少し言い淀んだ。


『魔王は望みを叶える力を与えてくれたよ。でも結局、不幸になるだけの力だった。こんなこと知らなければよかった。私が病気になったから仕方ないって、思えなくなったんだ』

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