第213話 疑心者は魔王に救いを求める⑤

「そうだったなティンモ。お前のところは誰も病気に罹ってなかったな。つまり、俺達とは違う」


 ナルベルトはなんの躊躇いもなく斧を振り降ろした。


 ゴスッ。っと、斧がティンモの右肩を切断する。


「ぎゃああああああああああ!」


 驚愕の表情になり、ティンモは膝から崩れ落ちる。

 胸部と肩がブラブラ揺れながら、辺りに鮮血をまき散らす。草が真っ赤に染まり、草原は血の匂いに包まれた。


 何が起こったのか解らず、自身の切り裂かれた肩を見つめる


「ナル、ど、うし、で?」


 最後の力を振り絞り、見上げる。そこにはニタニタと冷たく笑い、見下ろすナルベルトがいた。


「ティンモ、お前も治療法を隠していたんだろ? みんなに内緒で。自分の家族だけ助かろうとして」


「な、に……を……いって」


 信じられないと目を見開くと、ナルベルトは彼の体を蹴って仰向けにさせた。辛うじて繋がっていた腕が取れた。

 

 「ひぎっ」と口から音をだす。ティンモは悲鳴を上げる体力は残っていなかった。糸の切れた人形のように地面に倒れたところへ。


「やれ」

 

 ナルベルトの声に賛同した木こり達は、虫の息のティンモを取り囲み、彼の胴体へ思い思いに武器を差し込む。


「あぐ、あ、あ、あ、やめ、やめ…………て」


 か細い泣き声はすぐに消えた。が、それでも木こり達の手はとまらなかった。

 原型を留めないほどグチャグチャに刻んで、やっと、武器を振るうのを止める。

 返り血を沢山あびた彼らは、事切れたティンモを見下ろし、壊れたようにケタケタ笑い始めた。


「仲間じゃなかった」

「あいつの肉親は誰も死んでなかった」

「死んで当然」

「悲しみと絶望を共感できない」

「クズ」

 

 ああ。やっぱりこうなった。


 あたしは胸糞悪い気分を味わう。


「クソガキ。こうなりたくなければ、さっさと薬をよこせ」


 ナルベルトはティンモの頭を踏みつけながら、あたしに呼びかけた。今の惨状を目の当たりにしたこちらの様子を伺っているようにみえる。

 

 予想に反して直ぐに攻撃を仕掛けてこないのは、もしかして。


「すぐに攻撃しないのは、あたしが調合して薬を作ったと思っているから? 今の攻撃を見せれば怯えればすぐ要求を飲むと思ったか?」


 まぁ、ある意味、正攻法なやり方だ。

 恐怖は人を支配する。一般人であればアレを見瞬間に怯え、命乞いをすために要求に応えようとするだろう。

 

 生憎、あたしはこの程度ではびくともしない。


 全く怯える様子をみせないあたしに、若干当てが外れたように表情を歪めながら、ナルベルトは頷いた。


「そうだ。万が一、自分で調合したという事もある。旅人や冒険者は薬を調合出来るやついるからなぁ」


 ふーむ。少し冷静さが戻ってきたみたいだ。

 初見殺しを回避するために、一応、保険をかけとくか。

 

「確かにあたしは薬を調合できるぞ。しかし、最初に言った通り、霧の毒の成分を分析出来てない以上、解毒は無理だ。風土病も」


「ローレンジ病の薬ならば有るんだな」


「風土病の原因が分かっていないから、薬は作れない」


【だが、貴様は天からきた我を観た。霧や風土病の原因が我だと知っているだろう? 我が呪いを解くには我を倒す必要があると、…………お前は知っている】


「!?」


 なんだ、今、瞬間的に魔王が出てきた。


「クソガキ、お前は『何か知っている』。だから殺すのは後回しだ。吊し上げて吐かせる」


 戦闘開始の合図を受け、木こり達がグルンとこちらを睨む。獲物をみつけたその目は酷く獰猛だ。武器を構え、ニタニタ笑いながら素早く駆け寄ってきた。


「何か知ってる。だなんて、随分買いかぶられたもんだ。光栄だねぇ」


 嫌味を言って、あたしは一番近い木こりに向かって攻撃を仕掛けた。

 魔王に操られているのを考慮して、刀身を逆刃にする。


 相手の攻撃軌道を回避し、剣をすり抜けながら頭部を殴り倒す。脳震盪で戦闘不能にしようと思ったが。


「うぐ!?」


 木こりは頭部を激しく揺らし、眼球も横揺れしたのだが、倒れずに踏みとどまった。

 額から出血しているが痛みを感じる素振りはない。


 木こりはあたしの腕を狙い刀を落としにくる。刀身で軽く受け流して、今度は頭を割るつもりで振り降ろしてみる。

 ベキィィっと骨の軋む音がした。


「ぐ! ……ぅ」


 ふらっと体が左右に振れ、木こりは黒目を上に向けつつ、ドサッと草むらに沈んだ。

 動かないので行動不能だ。 


 うーむ。これはマズイな。

 耐久力が向上しているし、痛覚も麻痺してる。


「ひひひひ」


 すぐに別の木こりがフルスイングで剣を振り回す。肩が抜けないか心配になるほど荒々しい。

 ステップで回避して、彼らの頭部や顎を狙って鞘を打ちつける。


 ゴッゴッ。と骨が折れるいい音がするが、木こり達は頭から流血しても、歯が折れて口から飛んでも平然としている。


「ひひひ、効かん」


「ぬるい」


 痛覚がないのは厄介だ。痛みで怯むことも、戦意喪失も期待出来ない。となると、戦闘不能にしたいなら殺傷手段になる。

 

「ううむ。何か良い手はないのか」


 手持ちを思い出す。猛毒がついた妖獣用のナイフしか手元にない。使えば人間はアウトだ。

 人間用の麻痺毒や眠り薬を持ち合わせていないので、今後は作っておくべきだ。

 うん。今の状態を打破する物はないな。

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