第96話 水底のデスパラダイス⑧

 安堵しながら、新しく現れた魚……の姿になった魔王を観察する。


 魔王は八メートルほどの巨大な鮫になっていた。

 黒い色だが、体中から紫色のキラキラした靄が全身を覆っているので、有難いくらいにとても良く見える。


 ただの鮫とは違い、ヒレに鍵爪、体には薄いナイフのような鱗が、大根おろしのように均等に生えている。触れたら良く擦りおろされそうだ。

 顔の三分の二をしめる、発達した大きな牙が口に収まらず、半開きの口から覗いていた。


 そうか、人間以外にも変身できるんだ。と、妙なところで感心した。


【我が喰らってやろう! 食われる苦しみを味わうがいい!】


 叫びながら、魔王が猛スピードで突進してくる。


 淡く光る体が目印になり、難なく避ける。これが漆黒ならばちょっと危なかったかも。


 ただ、避ける方向も確認しないと、ベイト・ホールもあたしに近づいてくる。スピードは魔王並みに早い。

 

 ベイト・ホールに突っ込むと、小さな魚に服や皮膚を食いちぎられるので、「あだだだ!」と悲鳴をあげることになる。


 小さい口なので、皮膚一枚程度、筋肉ひと齧りの些細な傷だが、目を狙ってくるから厄介だ。


【ここかぁ!】


 魔王はベイト・ホールに頭を突っ込み、口を大きく広げ、あたしに噛み付こうとして、沢山の眷属を噛み砕いた。


 魔王とベイト・ホールから距離をとる。


 うーん、これは良い連係プレイだ。


 魔王を回避すると、群れに突っ込むように配置されている。ベイト・ホールに突っ込むと、微弱でもダメージは蓄積される。かといって、魔王の攻撃は致命傷を負うので、避けなけれならない。


「いてててて!」


 突進を側転で回避した途端、小さな眷属に右肩、両腕の関節部分、太ももと背中を噛みつかれた。

 

 小さい魚は刃をすり抜けてしまい、取りこぼしが出てくる。その取りこぼしが、不意に攻撃を仕掛けてくる。

 

 手のひらサイズなら簡単だけど、小指半分サイズになると、結構難しい。

 地味にイラッとする。


「あーも! 鬱陶しい!」


 数匹、腕の服を貫通して、皮膚まで食いついていた。

 棘を抜くように、毟って剥ぎとろうとしたが、


【くらえええええええ!】


 魔王が叫び、口を開けたまま突進してきた。至近距離だったので避けるのは止めて、刀で受け止めた。


「ぐっ!」


 のだが、突進の方が強い。勢いに負けて弾き飛ばされた。


「っと……と」


 上にふっ飛ばされたので、風に乗ることが出来、海底に激突しなかった。でも全身に衝撃のダメージがくる。衝撃波も一緒に叩き込まれたみたいだ。


 こいつ、中型肉食獣の突進よりも、威力が重いぞ。


「生意気」


 多少、体に軋みを感じるが、戦闘に問題ない。

 

 魔王がこちらに突進してくる。鮫の姿だがやってることは猪や鳥だ。

 あたしは飛んできた魔王を空中でかわし、一回転して砂地に降り立つ。


 ギョギョギョギョギョ!


 ベイト・ホールの数が増えた。小魚から大魚が混ざり作られている。眷属なので見た目が一緒だから、同じ種類にみえてしまう。


 それが四方八方から、あたしを取り囲んでいる。敵だらけだ。


 あたしはそれらを眺めて、ため息一つ。

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