第87話 その行動は嘘か真か④
着替え終わってパジャマを畳んでいると、トントンと誰かがドアをノックした。
「はい」と返事をすると、「よろしいですか?」と女性の声がする。
誰だろうとドアを開けると、50代ほどの背が低いほっそりとした女性が立っていた。
長い髪を結ってまとめ、薄く化粧をしており、クリーム色のワンピースを着ていた。
第一印象は清潔感のある女性。
誰だろう。
女性はあたしをみて、喜ぶように口元を緩めた。
「あらよかった! 調子はいかが?」
「ええと?」
記憶になく言い淀んでいると、女性は「そうだったわ」と思い出したかのように自己紹介する。
「初めましてよね? 私はこの宿の女将よ」
「ああ。あたしの世話をしてくれた人か。手間をかけさせてしまい、申し訳ない。とても助かった。ありがとう」
あたしは深々と頭を下げてお礼を述べる。
「礼儀正しいわね。私は着替えの時に手伝っただけよ。それにしても災難だったわね。旅の疲れが出たのかしら?」
「そうかもしれないです」
「中毒じゃなくて良かったわ。今、港町で大騒ぎになってるの。死者も増えてて…………あら、ごめんなさいね、こんな話を」
「大丈夫」
あたしが平然としていたので、おばさんはホッとしたように胸をなでおろした。
「色々有難うございました。借りていたパジャマは、洗って明日返します」
「良いのよ。寄ったついでに、パジャマを持って帰るわ。ちょっと中に入ってもいいかしら?」
「はい」
承諾すると、女性は中に入り、ベッドに置いているパジャマを取り上げる。
手間が省けて助かるが、なんか相手に悪い気もする。
「すいません」
「いいのよ~~~」
ニコニコしながらドアに向かう。そのまま出て行くのかと思いきや、女性はキョロキョロと部屋周りを見渡した。
「あら? 彼はいないのね。折角あなたが元気になったのに」
多分リヒトの事だろう。
「さっきどっか行きました」
「よかった。起きたこと知ってるのね」
「知ってる」
「ちゃんとお礼を言った?」
「はい、言いました」
あいつ、看病するフリが上手いな。この人めっちゃ信じている。
矛盾がないように、行動してくれたようで感謝だ。後で何か差し入れしよう。
「なら良かった。一生懸命、貴女の看病していたものね」
女性はベッドの横にある桶とタオルに目を止めて「ふふふ」と微笑む。
「この桶もタオルも大活躍だったわよ。水だけじゃすぐに温くなるって言って、温度が下がるように氷を仕入れて使ってたわ」
「はあ」
そこまで手の込んだ看病のフリをしてたのか?
凄いな。
感心していると、女性はペラペラと喋りだす。
「たまに様子を見に行った時とかも、彼が傍に居てね。そうそう、額に大きな傷があるんですって? リヒト君が言ってたわよ。私は見てないから安心して。見ないよう念を押されたし、額にいつもタオルが乗っていたからね」
「……なんですと?」
「着替えの時と、あなたの傍を離れる時は、バンタナをつけていたわ」
「はぁ」と小さく相槌をする。
「そうよねぇ、女の子だものね。額に大きな傷があったら、気にするわよねぇ。リヒト君には見てもいいって、言ったんだって?」
ちょっと。
意味を込めたにやけた顔を、こっちに向けて来ないで欲しい。
意味が理解できなくて絶句してるんだから。
あいつは、一度も使ってないって断言したぞ!?
この人が心底疑う余地のないくらい、看病のフリが上手いのか!?
だとしたら、すごすぎる!
役者だ!
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