第2話 出会いは突発的に②
商人の噂話で友人たちと盛り上がって、深夜回って帰宅し。簡単にシャワーだけ浴びて仮眠していたら。
「ミロノーー!」
どうやら夜が明けたらしい。
良く澄んだ大きな声が耳に届いて目を開けた。一階から母殿が呼んでいる。
「はーい」
質素なベッドから起き上がり、大あくびをしながら返事をする。
カーテンに陽の光が当たっている。既に日が高く昇っているようだ。
手短に身支度を整えて二階の自室から出ると、すぐにセンサーが反応して、ガチャン・ガチャン、と金属音が鳴り響き始めた。
センサー切ってほしい。
廊下を少し歩き、階段を降りて一階に行く。のだが、階段の幅一杯に、忙しなく行き交うトラップがある。
上下左右縦横無尽に、縫うように刃物が踊っている光景を眺める。
ダンジョンのギロチントラップのようでもあり、ギロチン振り子と槍が突き出る階段、とも言える。
これは親父殿特製の仕掛け、つまり罠だ。
廊下から階段にかけて不自然に厚い壁なので、壁に収まる用に作っていると思うが、あたしは立ち入り禁止なので詳細は不明。
毎回違う動きをするから、ランダムに発生させてるんだろうけど、仕掛けが謎すぎる。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
階段を使って一階へ降りないといけないから、面倒なんだ。
観念して降りるけど……。
「って、ぅお!」
今日はスピードが速い。仰け反って鼻を守り、二十段の階段を降りて廊下を歩く。
一定の距離、歩数で言えば5歩ぐらい、遠ざかれば仕掛けは静かになる。
いつかセンサー壊してやる。
静かになったので階段を覗くと、土壁が隙間だらけだ。土壁も床板も色や素材を変えているので、アートに見える。不思議だ。
さて、母殿は台所だったな。
階段を降りて廊下を数歩歩いたところで、
シュン
風を切る音がしたので、立ち止まる。
トシュ!
数本の小さなナイフが壁に刺さった。
あたしはゆっくりナイフに視線を向ける。
廊下にまで仕掛けてある、だと? これ母殿怒らないか?
「廊下は止めようよ親父殿……」
呆れながらナイフを一本だけ壁から抜く。
銀色や金色、果ては鈍色に輝くナイフの刀身は澄んでおり、薄暗くても微かな光で輝いている。
物凄く切れ味がよくて、素手では刀身を触ることは出来ない。
ナイフの刀身の端っこに名前が彫られている。
ルゥファス=ルーフジール
あたしの父。武器や防具を作る職人で、武術の達人の名だ。強すぎるためについた二つ名は武神。
村長よりも地位が高く、村を護る立場にあるため親方様と呼ばれている。
そんな彼の趣味が武器製作。
細部にまでこだわりセンスも良く、耐久性及び切れ味が半端なく鋭いため、商人達から『武人の武器』と重宝されている。
余談だが、親父殿は作った作品全てに名を刻む。
「おやおやミロノ。そんな所で何をしている?」
ナイフを見つめて立ち尽くしていたのを不審に思ったのが、大きな荷物を持った母殿が首を傾げながら話しかけてきた。
「べつに」
ナイフを袖に隠す。
「丁度よかった。これ運んで」
野菜が入った籠を持たされてしまった。
籠の野菜達はボロボロになっている。おそらく、母殿の握力でボロボロにされたのだろう。
大根の葉っぱも素手で毟ろうとしたのか、萎びているのを通り越して水抜きされている。
もっと力加減しろよ、というツッコミは口の中で転がして
「わかった」
大きく頷いてから、階段のすぐ隣にある倉庫へ持って行った。
倉庫は複合石の力で簡易氷嚢室になっている。いざといときに籠城できるように、避難大人五人入っても生活できるよう広く作られている。
食糧が置ける場所を探そうとしたら
「どこでもいいわよ」
母殿があっけらかんと言ったので、その辺にどすんと置いて、壁際に寄せる。
「ご苦労さま」
母殿はにやりと笑って倉庫から出た。
母殿の名はネフェーリン。
艶々した黒髪の背丈の低い痩せた五十代の女性だ。
日光が眩しく常に細目をしている。
糸目でのっぺりした顔に思われがちだが、暗闇に入ったら目がひらき、瞳孔が見えるほど瞳が大きくなり、猛禽類のような顔つきに変わる。
細見で色白なので、一見して病弱体質に思われるが、母殿は闘気術を極めた無手の達人。トラウマになるほど怖い。
嫁になる前は盗賊稼業と調合師をやってたらしい。妙な職歴だ。
「あ」と声をあげ、母殿が困ったように眉をしかめながら、廊下の壁に近づいた。
あたしも倉庫から出て後を追う。
ああ。壁かぁ。
「また……」
細い目がナイフの刺さる壁に注がれ、眉を潜めてハァとため息を吐き、ナイフを抜いてあたしに顔を向ける。
「ミロノ。全部手で取らないと、壁が傷むでしょ?」
「いつもの事だけど、家の中で刃物から身を守っている娘に対して言う台詞? 親父殿に文句いってくれ」
「ミロノだったら余裕でしょ? いついかなる時でも手抜きはダメよ」
「あんたが言うな」
母殿は兎に角雑だ。大雑把だ。 盗賊稼業やってたなんて嘘だろう? って疑うくらい不器用だ。
そして基本なんでも他人任せだ。
あたしに丸投げしないで!
心の中でひとしきり文句を述べると、母殿は笑顔になった。
「後で壁を修復して頂戴ね」
「でもそれ、親父殿が」
「お願いね」
一蹴された。
不満を言っても仕方ないので、頷く。
「……分かった。それで用って?」
名前を呼ばれる、イコール、用事があるってことだ。
「………」
一瞬母殿は無言になった。そして思い出したように手を叩く。
「お父さんが呼んでいるわ。一緒に居間に行きましょう」
「忘れてたな」
っていうか、時間結構経ったけど、大丈夫なのか?
「さぁ、行きましょう」
「今度はなんだろうなぁ」
鍛冶の手伝いだと楽なんだが、もしかしたら昨日の今日でまた討伐命令かもしれない。三か月のサバイバル生活兼課題を片付ける、とかかもしれない。
ちょっとは遊ばせてほしいんだけど……。
でも親父殿の命令は絶対なんだよなぁ。
はーあ。まともだったらいいなぁ。
がっくり肩を落としつつ、母殿の後に続いた。
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