わざわいたおし

森羅秋

第一章 劇的な巡り合い

第1話 出会いは突発的に①


「粗方片付けたかな」


 血まみれになった刀を布で丁寧に拭き、刃こぼれひとつもない刀身を鞘に納める。


「あと、忘れていることはないよな?」



 ザワッッ



 不意に頭上に巨大な影が通ったので見上げると、全長五メートル強の真っ赤な羽トカゲが一体、飛び去っていった。

 

「アレの数も大分減らしたし、もう今回は終了ってことで良いかな」


 先ほどの飛び立った羽トカゲ。これがシンリョク山の一部に巣を作り、いつの間にか百匹以上増えていた。


 流石に増え過ぎだろう。ということで、人里及び周囲の環境に被害が出る前に、群れを一掃するよう親父殿から指令がでた。


 生態系が狂うから絶滅させてもいけないので、ほどほどに……。と言われた。

 およそ半分くらいに減らしたので、任務終了してもいいかな。


 あたしは三メートル下を見下ろす。

 崖の出っ張った部分に巣があり、絶命した羽トカゲ達があちこちのでっぱりに折り重なっている。

 白っぽい山肌を染める赤は、イチゴシロップをかけたヨーグルトのようだった。


「うーん。持ち帰りやめとこ」


 羽トカゲは武器防具や生活用品の素材になる上、肉も美味い。普段なら回収するのだが、用事があるから止めた。

 討伐完了を伝えれば、里の者が回収しに来るはずだ。帰ろう。 


「さてと」


 全長五千メートルのシンリョクの山頂。里の方向を確認して、切り立った崖から飛び降り、空中に身を躍らせた。

 垂直に立つ崖の、わずかなでっぱりに足裏を落としつつ、降下しながら下山する。

 

 あたしは前方の景色を眺めながら目を細める。

 山脈と平原の隙間に、豆サイズに小さくなった村がいくつかある。村同士をつなぐ整備された道が、森林山脈の景色を縫っており、その道を旅人や馬車や馬がぽつぽつ歩いていた。

 

 左の方向には山脈に囲まれた森があり、中央に白い四角い石作りの民家が適度に立ち並んでいる。あれがあたしの里だ。

 

 景色を眺めるのも束の間、瞬く間に地上が迫ってきて下に視線を向ける。木々の先端が肉眼で確認できた。

 猫の如く、何度も宙がえりをして両足から地面に着地し、前転をして威力を相殺しながら立ち上がる。

 

「さて、と」


 服に付いた砂を軽く払って、里へ疾走した。

 


 あたしの里、鍛冶屋の村ヴィバイドフ。

 武器防具、罠、身を守る装飾などを専門に作製する職人が暮らしている。

 

 大陸の端っこにある田舎の辺鄙な場所なので、世間一般の知名度は低いが、知る人ぞ知る、特色が強い村だ。

 なにせここ、武人と呼ばれるモノノフが居住を構えている。

 村に来ることが出来るのは主に武器商人達。

 親父殿や村長のお眼鏡に適った商人か、凄腕の旅人か、冒険者くらいだろう。


 一応、モノノフの村っていうことは秘密だ。

 信じられないが、秘密なんだ。

 村の中で四六時中、あちらこちらの場所で修行が行われていて、全然隠していないのに秘密なんだ。

 ということでこの村、滞在するにしては結構危険だ。それでも、やってくる武器商人達はあとを絶たない。


 高価な値で取引できる武器防具を仕入れる為。頻繁にこの村へやってくる。

 あとはモノノフをスカウトすることもあるかな。

 このご時世、災いや盗賊や妖獣など物騒な事も多く、強ければ強い程護衛として好まれている。

 金銭だったり、口説かれたりと、本人が了承して契約を交わすモノノフも少なくない。


 あ、考えてる間に村に到着した。

 今日も金属音が激しいね。

 

「おや? おかえりミロノ。あ、ついでに見とくれ。どうだい? この生地いいだろう?」


 呼吸を整えているとエルーザニーが寄ってきた。一回転して新調した胴着と袴を見せてくれる。この服は伝統衣装だ。殆どの村人がこれを着ている。

 

「いいんじゃないか? ところで、まだ王都の商人きてないよな?」


「あははは! まだ来ていないよ。もう一時間くらいかかるとおもうわ。集会所へ行ってごらんよ」


「よかった」


「子供達は待ち焦がれてるねぇ」


「そりゃそうだよ。王都の商人の話は凄いんだから! 特に噂話!」


 やってくる商人の中でも、王都シュタットヴァーサーからくる商人は別格だ。

 話の種類が豊富で面白い。

 ヴィバイドフ村の子供達にとっては、数すくない娯楽の一つだ。


 あたしもこの日を心待ちにしていたのに、任務が入るなんて予想外だった。命令が降りた瞬間から、即座に討伐に行ったよ。


 あたしの必死の様子が面白かったようで、彼女は吹き出し腹を抱えて笑う。


「ほんと、皆噂話が大好きね。大抵の人は恐れ戦くのに。これはもう、この村に生まれた子の特質かもしれないわ」


 商人たちの話で、特に子供たちの注目が高いのが、不穏な噂や事件だ。


『どこそこで災い、凶悪なる魔王が大暴れした!』

『外道使いが町を潰しまくって、死体が闊歩して歩いている村がある』

『あの町に災いが出たって。水没したらしいよ』


 自分ならどう戦うかと、仲間内で検討をするのがこの村の流行で、一つの噂で数週間話題が上がるくらい人気だ。


「よーし、報告済ませてから行こうっと!」


 駆け足で報告に戻ろうとしたら、「え?」とストップがかかり、視線を向ける。エルーザニーは半笑いで尋ねてきた。


「もしかして、もうマグマドランの群れを退治してきたの?」


「うん。半分くらい減らしたよ」


 平然と言うと、エルーザニーは目を見開いて驚き、後頭部に手を当てた。


「あらぁ……。半日で終えたの……? 仕事が早いわねぇ。それに怪我もしてないし。流石だわ」


「話聞きたくて頑張ったの。じゃあね!」


「ええ。親方様によろしくね」


 彼女と別れてさっさと自宅へ向かう。

 その途中で、年上の男子達に声をかけられたが、軽い挨拶で済ませて立ち去ると、遠くから話かけられた。

 

「聞いたぞ! 討伐命令でたんだってな! 羨ましい!! あー! 無視!? 最年少でモノノフに合格したからって偉そうにするなよミロノ」

 

「絡むな馬鹿。落ちたお前が阿保なんだよ。試験合格すれば、誰でもなれるんだから。頑張れ後輩!」

 

「くっそーー! そっちも今年合格したからってーー! 偉そうにーー! 年下のくせにー!」

 

「合格したもん勝ちだ! なんとでもいえ!」


 絡まれたら時間のロスだ。

 再確認したところで、その場を足早に去る。



 あたしこと、ミロノ=ルーフジールは14歳の少女だ。

 セミロングで漆黒の黒髪に、琥珀色の目を持ち、大人っぽい顔立ちをしているとよく言われる。

 背丈は161センチほどの中肉中背で筋肉質、腹筋は割れている。足は長いほうだ。


 自慢ではないが、あたしは最年少モノノフである。

 二年前の12歳で合格した。

 この年齢では異例だが不思議ではない。

 なにせ、あたしの両親がアホみたい強い。嘘みたいに強い。武神とか、破壊女神とか、そんな異名があるほどだ。


 そんな両親から容赦ないスパルタ教育を、出生時から24時間受け続けたら、誰だって強くなると思う。

 あたしはただ、死なないように必死になっていただけ。そうしたらモノノフ試験に合格していただけのこと。

 

 しかしモノノフとはいえ、あたしは未成年。

 村の規律で、単独行動範囲は村の周囲の山や森のみに限局されている。

 成人式を迎えれば村の外へ出れるが、あと2年はかかる。

 まあ、ルーフジール家の一般的な人生設定は、『武者修行で世界を回って見聞を広める。村に戻り、村の誰かと夫婦になり、運がよければ子供を授かり、適度に歳を取って村で生涯を終える』だろう。

 もしかしたら、もう少し重い役目を担うかもしれないが、まだ先の話だ。

 今は親父殿から任務を与えられ、実績を積んでいる。




 さて、暇つぶしに考えていたら、自宅へついた。

 我が家は『古文書にあった古の民族の小さくても広くて遊び心溢れる家屋』を参考にして建てられた家だ。

 木や土や紙を中心に作られているため、村でも一際珍しい物件で、一発で家が分かると商人達から好評だ。

 

 スライド式の玄関ドアを開けると、台所に母殿がいる気配がするので、廊下を通って見に行く。

 いた。鍋を煮だたせ得体のしれないドリンクを作っている。指摘するのはやめよう。

 

「ただいま、討伐終了。親父殿いる? 素材回収に人を向かわせてほしいんだけど」

 

「おかえり。出かけてるよ伝えとく。そうそう、伝言。明日は来客があるから家で待機すること」

 

「はい。じゃぁ、今から集会所へ行ってきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 玄関を出て急いで向かう。

 この来客こそがあたしの人生を一変させることになるのだが、今はまだそんなこと、知るよしもなかった。

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