おまけ

恋をしないあたしと、あたしに恋をしていたい君

 その日は午後からは晴れると言っていたのに、土砂降りの雨だった。帰る頃には止むだろうと思いながらバイトをしていたが、一向に止む気配はなく定時を迎えた。仕事中に知り合いに会うのが嫌で家から遠い場所を選んだことを後悔し、ため息を吐く。


「白狼さん、大丈夫ですか? 駅まで送っていきますよ」


 後輩の男性がそう声をかけてくれたが、高校生の頃、その善意に甘えて送ってもらったら相手の恋人からあらぬ誤解を受けて酷い目にあったことがある。それを友人に話すと、恋人がいるのに女の子を家まで送っていく男も、送ってもらうあたしもおかしいと責められた。その男性は下心ではなく善意で送ってあげると言ってくれていると信用できる人だったから送ってもらったのだが、そういう問題ではないらしい。ちなみに、恋人がいることは知らなかったと話すと、友人は男が100パー悪いと意見を改めた。それ以来、異性からのそういう申し出は断るようにしている。


「気遣いありがとう。でも、大丈夫やで。折り畳み持っとるし。はよ帰り」


「折り畳みって。この雨の中折り畳みで?」


「弱まるまではここにおるよ」


「……じゃあ、俺も待とうかな」


「ええ? なんでなん? 君は傘あるやん」


「……俺が居ると嫌っすか」


「いや、君が嫌っちゅーか……変な勘違いされたら嫌やん」


「……俺は別に構わないけど」


 ぼそっと呟かれた言葉で後輩の心中をなんとなく察した。まだ残っている社員やバイト仲間から生暖かい視線を感じる。


「君が構わんくても、あたしは嫌やなぁ」


 申し訳ないなと思いつつ、バッサリ切る。経験上、こういう時は下手に優しくすると逆効果だ。その気はないことははっきりと示さないと、お節介な人達に無理矢理そういうことにされてしまう。バッサリ切っても素直じゃないということにされることがほとんどだが。しかし、やはりこんなピュアな少年に冷たくするのは罪悪感がある。


「あー。君が嫌いなわけやなくてな……」


「……分かってます。すみません。俺、先帰ります」


 そう言って彼は傘を差して走って帰っていった。思わずため息が漏れる。これだから恋愛感情を向けられるのは嫌なんだ。だけど……莇の好意は、嫌じゃない。彼女は同じ気持ちになってほしいと望まないから。そんなこと言われたのは初めてだったし、そんな形の恋があることも初めて知った。自分に恋心を向ける相手の側が居心地良いと感じたのは初めてだった。

 モテたいと思う人の気持ちは理解出来なかったが、今なら少し分かる気がする。彼らが欲しているのは、莇があたしにくれるような、見返りを求めない愛なのではないかと。なんて考えてなんだかクズみたいだなと自嘲すると、傘を差しながら歩く莇が目の前を歩いて行った。一瞬幻覚かと思ったが、あたしを見つけると走って来た。どうやらたまたま通りかかったらしい。


「私もこれから駅まで行くんだけど、良かったら入っていく?」


「……じゃあ、遠慮なく」


「ど、どうぞ」


「おおきに」


 彼女の傘に入って駅まで歩く。こんなところをさっきの後輩に見られたら勘違いされてしまうだろうか。女の子だからされないかもしれないが、今まで散々男性からのアプローチを断ってきているからレズビアンなのではという噂が立っているかもしれない。そのことを話すと、莇は心底嫌そうな顔をした。その顔はとても恋心を向ける人間に向ける表情ではなく、思わず笑ってしまう。やっぱり彼女は面白い。今まで出会った誰よりも。

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