最終話:理解出来へんわ

 それ以来、私は彼女とよく話すようになった。それを見た友人達は付き合い始めたと勘違いして「おめでとう」と言ってきた。否定したが、全く信じてもらえなかった。


「だってあんた、白狼さんがあんなに笑ってるの初めて見たよ?」


「あれで付き合ってないとか、もっとマシな嘘つきなって」


 周りからはそう見えるほどに私と彼女の距離は縮んだらしい。


「莇はそれ聞いてどう思った?」


「ちょっと複雑」


「ふぅん。あたしは別になんも思わへんけど……まぁでも、ちょっと面倒ではあるな。距離置くか?」


「えっ……」


「あっはっは! 冗談や! なんやねんその顔。そんなにあたしと離れたくないん?」


「……うん」


「なら、一緒に暮らすか?」


 思わず飲んでいたコーヒーでむせかえる。本気なのかと問うと、彼女は「あたしは構わへんよ」と平然と答える。恋を理解出来ないとはいえ、その天然さが恐ろしい。


「あの……私、夜月のこと好きなんだけど」


「知っとるけど」


「好きってのは、友達としてではなくてですね……」


「分かっとるよ」


「……その、性的な意味の好きも含んでるんだけど……そこも理解してる?」


 すると彼女はきょとんとした。そして困ったように眉を顰め、目を閉じて腕を組んだ。これはまさか、理解していなかったという反応だろうか。

 そのまさかだったようで、曰く「恋愛的な意味で好きだけど性的な意味で人を好きになることはないという人がいたから莇もそのパターンだと思った」とのこと。恋愛的な意味で好きといったら普通は性的な意味だと伝わるはずだと思っていたが、彼女にはその常識は通用しないらしい。というよりは、常識の方が間違っていたのかもしれない。


「な、なるほど……そうなんだ」


「一回整理してええかな。まず、莇はあたしのことが好き」


「うん」


「それは恋愛感情だけど、同じ気持ちにはなってほしくないし付き合いたくもない」


「うん」


「でもえっちはしたいと」


「そう……だけど……改めて言われると私最低だな……」


自己嫌悪に陥るが、彼女はあっけらかんとしている。性的な目で見られていると言われて平気なのかと問うと「君やから」と彼女は言う。それはどういう意味なのかと少々不安になりながら聞くと、彼女は「変な意味ちゃうから安心せぇ」と苦笑いしながら言った。


「ほんまに最低な人間やったらわざわざ忠告してくれへんやろ。あたしが軽率やった。ごめんな」


「……優しいね。夜月」


「せやろ」


「せやろって」


「あ、そういや莇、あたしのこと好きになったきっかけってなんなん? あたしらあの日まで会話したことなかったやん」


「えっと……一目惚れといいますか。孤高でクールで、カッコいいなって思ったの」


「ふぅん……孤高でクールね……話してみて幻滅せえへんかったの? 全然クールやないやん! って」


 確かに、彼女は話す前に抱いたクールで孤高なイメージとは全く違うタイプの人だった。だけど、そのギャップでますます好きになったと伝えると、彼女は「理解出来へんわー」と笑った。

 彼女は優しいのではなく、ただ単に、自分は自分他人は他人だから理解しあえないこともあるということを、悲しいのではなく、面白いと思っている。ただそれだけのことなのだろう。だけど私は彼女のそんなところが好きだ。私の恋を受け入れてくれる彼女が好きだ。


「好き」


 思わず溢してしまうと、彼女は笑って言う。「あたしも」と。好きな人からそう返されて嬉しいと感じたのは初めてだった。


「……ねえ、夜月。私は、夜月のこと、好きでいて良い?」


 恐る恐る問う。すると彼女は困ったように笑って言う。「あたし、えっちもダメやねん」と。


「い、いや、抱かせろなんて言わないよ。ただ……ずっと片想いでいさせてほしい。このままずっと、私を好きにならないまま、友達のままでいてほしい。あと……出来れば誰にも恋しないでほしい」


「恋しないでほしいって、君以外の人にも?」


「私以外の人にも」


「わがままやなぁ」


「自覚はある。ごめん」


「まぁ、ええよ。多分せぇへんやろ。とか言って落ちたらすまん」


「多分って、アロマンティックなんでしょ?」


「今の自分はな。けど、未来はわからへんやん。やから、保障は出来へん。その日が来ても裏切り者扱いせんといてな」


「……うん」


「ところで、友達としては好きやけど、それはええの?」


「うん。それは普通に嬉しい」


 そう答えると彼女は明るく笑って言った。「やっぱ自分、わけわからんな。理解出来へんわ」と。

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