第2話:利用していいよ
彼女とはそれきり、話すことさえなくなった。中学三年生になると、当てつけのように他の女の子と付き合い始めた。胸が痛んだ。だけど、取り返したいとは思えなかった。
高校生になると、彼女とは別の学校に進学した。高校は女子校で、そこで私は一人の女の子に恋をした。初恋の彼女とどことなく雰囲気が似た、クールな女の子。彼女には一つ上の恋人が居た。嫉妬しないわけではなかった。だけど、彼女の想いは私に向けられることはないのだと思うと安心した。想いに応えらなくて泣かせてしまう心配をしなくて良いから。
周りは相変わらず、そんな私を理解してくれなかった。『好きな人とは結ばれたいと思うのが普通』とか『それは本当の恋じゃない』とか。
『次があるよ。大丈夫』と励ましてくれる人もいた。悪気はない。分かっている。分かっていても、放っておいてほしくて、私は少しずつ、人を避けるようになった。
二年になると彼女は恋人と別れた。愚痴を聞いてくれと言われて、彼女の愚痴に付き合った。受験に専念したいと言われたらしい。
「せめて、もっとまともな理由考えてよって感じだよね」
彼女はそう笑っていたが、瞳からは涙が溢れていた。ハンカチを渡すと、彼女は「君が恋人だったらよかったのに」と言って、私の肩に頭を預けた。どくんと心臓が高鳴った。それは決して、心地の良いものではなかった。
「わ、私は、君とは付き合えないよ……」
震える声で告げると、彼女は「分かってる」と笑った。そして「私は君を好きにならない」と続けて、私と向き合った。そして問う。
「莇さ、私のこと好きでしょ」
「……友達としてなら、好きだよ」
「嘘」
「嘘じゃない」そう言いかけた言葉を、彼女の唇が途中で奪った。そして、彼女は悪人のような笑みを浮かべて言った。「あの人の代わりになってよ」と。
「代わり……って……」
「君の恋心を、私の都合の良いように利用させて」
「……言ってること最低だね」
「分かってる。けど、どうせ君は、私に好きになってほしくないんでしょ? 好きな人に好きって言われるの嫌なんでしょ? 私は君を好きにならない。だからねえ、付き合ってよ」
そう言って、彼女は自嘲するように笑う。断ればもう二度と会えなくなる気がした。
「私のこと、好きにならない?」
「ならないよ。私はあの人が好きだから」
「私は君を好きでいて良いの?」
「良いよ。だけど、私は君を好きにならないし、あの人がよりを戻そうって言ったら容赦なく君を捨てる。新しい恋が始まっても、君は用済みになる。君はそれまでの繋ぎ」
最低なことを言っている割には、声からは優しさを拭いきれなかった。
「……最低なこと言ってるでしょ。私。嫌いになった?」
そう言って彼女はまた自嘲するよう笑う。私のことを遠ざけたかったのだろう。だけど私は首を横に振って、彼女の手を握った。
「嫌いになれないよ」
すると彼女は「馬鹿だね」と言いながら私の頬に手を添えて顔を近づける。私は応えるように、目を閉じた。唇に柔らかいものが触れる。それが離れたところで目を開けると、彼女の泣き顔が視界いっぱいに広がる。
「良いよ。私のこと、好きなだけ利用して」
そう言って私は彼女を抱き寄せる。彼女は嗚咽を漏らしながら、私に甘えるようにしがみついた。
嫉妬をしないわけではない。だけど、それで彼女の心を癒やせるのなら、とことん利用してもらって構わない。そう思っていた。
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