エピローグ

1-46 「…………リチェは出来ないのに?」

エピローグ




『三日前、犯人が自首した事で収束しつつある連続連れ去り事件は』


 ノア・クリストフは今、喫茶ポピーの二階の自室で出掛ける準備をしながらラジオを聴いていた。

 ヴァージニアはあれから警察に自首をし、今は郊外の丘の上にある監獄に収容されていると言う。今日は日曜なので今からノアは警察官付き添いの元、彼女に面会に行く予定だ。


「おい、準備出来たかー?」


 居間から聞こえてきたのはリチェの声だ。今日付き添ってくれる警察官は、リチェとクルトだった。


「もうすぐだっつの! 茶ぁ飲んで大人しく待ってろ!」


 上着に腕を通し、扉越しにリチェに返事をする。思えば数日ぶりに居間に自分以外の人間がいる。ヴァージニアが自首をして以来の感覚だ。


「ったく。はいはいお待たせさーん、さっさと行こうぜ」


 着替えが終わり居間に向かう。リチェもクルトも、テーブルに座って出されたインスタントコーヒーを飲んでいた。


「ところでリチェ、店長は今何してんだ?」


 クルトがコーヒーを飲んでいる横に立ち、顔をリチェに向けて尋ねる。


『現在のエリザベート・バートリーとも言えるヴァージニア・エバンス被告の自供を元に調査を進めているところです』


 返事を待つ一瞬、ラジオからヴァージニアについて好き勝手言っている声が聞こえてきた。大昔に生き血を啜った悪名高い殺人鬼とヴァージニアを一緒にしないで欲しい。と思ったが表面しか事情を知らない人には同じようなものなのだろう。


「聴取に大人しく応じてるってさ。……昨日は自供文を書いてたって報告もある。罪を振り返れる、根が真面目な人なんだろうなー。事件に加担してた半グレも協力のおかげでリーチがかかってる」


 自分の表情が僅かに曇った事に気付いたのか、リチェが声を明るくしてサラリと付け加える。


「あの人見たことあるけど、美人だよな。実は俺さ、お前にかこつけて会うの楽しみなんだわ」


 軽い笑みを浮かべて肩を揺らすリチェを何とも言えず見ていると、「……ごめん」とコーヒーを飲み終えた黒髪の少年が呟くのが耳に届いた。


「警察にあるまじき発言だと思わなくもねぇけど、その言葉直接言ってやれよ。きっと店長、喜ぶと思うから」

「おっし、じゃなくて、お前の準備も終わったし行くか。少し歩いた所に馬車待たせてるからそれ乗れよ」

「分かった」


 二人のマグカップを台所に置いてから、階段を降り外に出る。

 ラジオが主なメディアである今、昔程加害者家族は辛い目に遭わないとリチェは言う。

 その言葉の通り、店は閉じているもののノアは二階でいつも通り暮らすことが出来ていた。午前の光が眩しいエルキルスに出るとその言葉を一層痛感する。

 何本か通りを行った所にある馬車に乗り、駅前を通って郊外を目指す。郊外は街と違い、風車が回っていたり牧歌的だ。

 自分はヴァージニアから理由を聞けてすっきりしたが、ヴァージニアは犯行に深入りした自分を良く思っていないのでは無いだろうか。面会は嬉しい反面、それを考えると怖くもあった。


「なんか女の子が俺の言葉本気にしてくんない気がするんだよなー」

「嫌われてるんじゃね? 知らねーけど」


 リチェの話をそこそこに聞きながら、ノアは視界に入ってきた建物に視線を向ける。

 コーマス収容所。

 川の名前を冠したこの収容所は、川を二分する盛り上がった丘の上にある。昔のホテルを再利用したかのような雰囲気の収容所に、三人は足を踏み入れた。

 事務的な手続きをリチェ達が済ませている間、ノアはヴァージニアに会ったら何を話そうか迷っていた。当初の目的である家や店の話は勿論するつもりだが、それ以外は思いつかなかった。


「先に面会室入っててくれだってさ~。俺等も最初だけ付き添うけど、退室するから。しないとは思うが、逃走の手助けはするなよ」

「しねぇっての」


 冗談めいたリチェの言葉に笑い部屋で待っていると、暫くして面会室の扉がガチャリと音を立てて開いた。扉から出てきたのは、目深に帽子を被った女看守に連れられたヴァージニアだった。店に立っていた時とは違い、今は金髪を纏めておらず胸元まである髪を自由にさせていた。


「こんにちは。では外で待っていますが、少ししたら呼びに来ますね」


 そう言い女看守は部屋を出て行った。


「こんにちは、ヴァージニアさん。リチェ・ヴィーティです! 髪を下ろしてる姿も良いですね、っとノアを連れて来ましたよー」


 緊張した空気が漂う面会室で、一番に口を開いたのはリチェだった。制服に似合わぬノリにヴァージニアは僅かに驚いていたが、すぐに目を細めガラス越しに着席する。


「……ノア君。元気そうで良かったわ。ご飯ちゃんと食べてる? そもそもどうしてるの?」


 えーっと、と前置きして冷凍食品と弁当に頼ってる、と話した。もっと悲しく険悪になる物だと思っていた。それだけに、実家に帰ってきたかのようにほっと胸を撫で下ろしているヴァージニアが意外だった。


「冷凍食品は美味しいし良く出来てるけど、自分でも作らないと栄養が偏るからね。思い出したら挑戦してみて」

「そうそう。料理出来る男はモテるぞ」

「…………リチェは出来ないのに?」

「俺は作って貰うのが夢なんだよ! 分かってないな」

「あーっと店長、早速で悪いんだけどちょっと話があるんだ」


 隣で後輩に手料理の良さを力説し始めたリチェを置いといて、ヴァージニアと事務的な話に移る。気分が日曜日なのか、どうも今日のリチェは浮かれている。

 ヴァージニアとしてはこうなったのであの家は売るつもりらしい。買い手が付くまで好きに住んでも良いらしいが、あそこは立地が良いので自分には実家に戻るつもりで居て欲しいと言う。

 話が一段落ついたこともあり一息つくと、隣も隣で一段落ついたらしい。問題無いと判断したのか、リチェ達は先に外に出ているという。


「全然付き添ってなくて悪いなー」


 とリチェは笑い、クルトは礼をしてから部屋を出て行った。


「あの白髪の人、警察官らしくないね」

「今日は特に凄いぞ。店長が美人だから浮かれてるんだとさ」

「え」


 ヴァージニアは酷く久しぶりにそんな言葉を聞いたと目を丸め、僅かに硬直した。その後言葉の意味を噛み締め、ふふっと嬉しそうに目を細めて笑う。

 ヴァージニアが欲しかった言葉なのだと思う。その笑顔を見て、自分も嬉しかった。

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