1-32 「ノア君、怖い人になってるよ?」
クルトなりに自分以外の人とも人付き合いの努力をしているのなら嬉しい。自分が居なくなった後、人見知りの後輩のことが一番の心配だったのでホッとする。
とはいえ気分が浮上するわけでもない。状況が状況だからか疎外感も感じる。
「つーかノアとどこ行ったんだ……」
ぶつぶつと呟き、リチェは再びデスクの上に突っ伏した。
***
「……ねえ、そもそも、そのアンリさん本当に教会に居るの……?」
川沿いの道を歩いていた時、無表情の少年がノア・クリストフに尋ねてきた。
「居るんじゃねぇ? 教会が職場だし」
「……ノアって適当だよね」
「お前結構ハッキリ言うなー?」
「慣れた人には俺も言うよ」
どことなく嬉しそうにクルトが言った時、白い建物が見えた。
白いタイルが敷き詰められた空間に、教会と牧師館が隣接している。看板も出ていて、そこにはタイプライターで書かれた貼り紙があった。今の時間は何も用事がなかったが、夜には入っている。
人為的な空間になったからかクルトがぱったりと喋らなくなったので、先にタイルの上を歩いて礼拝堂の入口の前に立って扉を開けようとした。
「あ? 開かねぇ!?」
途端に焦りが生まれた。何度もがちゃがちゃと音を立て、どんどんと扉を叩く。そうしている間に、後ろを歩いてきたクルトが隣に並んだ。
「隣、牧師館でしょ? そっちのが人居るんじゃない……?」
「だなあ」
諦めて隣接している建物に向かおうとした時。
がちゃりと扉が開き、中からカーキー色の作業服を着た人物が出てきた。焦げ茶色の髪に、ヘーゼル色の瞳。目当ての人の姿に、曇りかけていた表情が明るくなる。
「……こんにちは、ノア君。昼寝の邪魔をしてくれて有り難う。何? イヴェットちゃんなら隣にある家なんだけど? もしかして間違えた?」
「間違えねぇよ! 今日はお前に用があるんだ、お前に」
「俺?」
寝起きだからか昨日よりも刺々しい青年に伝えると、アンリの表情が意外そうな物に変わった。
「ああ。なあ昨日の馬鹿高い発信器貸してくんねぇ? こいつが困ってんだよ」
警察官の制服を着たクルトを指差し懇願する。アンリにじっと見られ、ただでさえ猫背のクルトがもっと猫背になった。
「……中に入って、礼拝堂に行ってて。話を聞かせて? 馬鹿高いからさ」
教会の扉が開いたのでクルトと中に入る。
玄関ホールのすぐ正面にあった扉から、長椅子が規則正しく並べられている礼拝堂に入り、列の真ん中の長椅子に腰を下ろす。クルトも通路を挟んで一つ後ろの長椅子に座った。
吹き抜けになっている清廉な空間が珍しくてあちこち眺めていると、少し遅れてアンリがやってくる。
「で、何に使うの。俺としては貸しても全然良いんだけどさ、そこの子が警察の備品借りれば済む話でしょ? それをどうしてわざわざ?」
「時間がねぇんだよ! 至急連れ去り事件の犯人を特定することになって」
「それは警察の仕事だと思うんだけど。なんでノア君が?」
声がよく響く中、祭壇に近い椅子に座ったアンリが当然思うだろう質問をぶつけてくる。それに応えたのは今まで黙っていたクルトだった。
「俺……の先輩が、連れ去り事件で馬鹿をして……クビになりそう、なんです。クビを回避するには、今日にでも事件を進展させる必要があります……ノアの情報を元に、俺らは工業区に狙いを絞って、半グレ達に発信器が入ったスクールバッグを引ったくらせて、アジトを突き詰めて力技で進展させる計画です。だから備品はちょっと……お願いします」
クルトの声がどんどん小さくなっていく。アンリはくすっと笑い、黒髪の少年へと視線を向ける。
「誰も君を責めてないからそんな怖がらないでよ。大丈夫、俺意外と善良な人間だからね?」
「……知って、ます……この前、炊き出しのボランティアしてましたよね」
「あれ、何で知ってるの? ……あっ、そっか、もしかして君あの時隅でカレーを詰めてた子? じゃあ馬鹿した先輩って、あの白髪の刑事さん?」
クルトが頷くのを見て瞬いた。どうもこの二人、接点があったらしい。アンリがボランティアをしてたと言うのも驚きだ。全然そんな殊勝な人物に見えなかった。
思わず作業服の青年を二度見する。
「なにノア君、そんな目してたら貸さないよ? まぁ出番があれだけじゃ発信器が可哀想だし貸すけどさ」
「悪ぃ、サンキュ! お前分かんねぇ時多いけどいい人だな!」
「一言多いよ。まっ、どういたしまして。じゃあちょっと二階まで取りに行ってくるから待ってて」
話がついた、とばかりにアンリは立ち上がる。クルトが小声で礼を言っていた。
「あ、こいつ、クルト着替えたいんだけど良いか? ついでに着替え置いといていい?」
「どうぞ、そこの集会室使っていいよ。遅くなるようなら警官服は朝に取りに来てね? 着替えは机の上に置いといて」
そう言ってアンリは礼拝堂と繋がっている扉を指差し出て行った。あそこが集会室らしい。シャツを持ってクルトが立ち上がり、扉を開いて中に入っていく。
誰も居なくなった礼拝堂で、手持ちぶさたになったノアはステンドグラスを見上げながらこれからの段取りについて考えていた。今度は相手を無力化した方が良さそうだ。
あれこれ考えていると、階段を急いで降りて来たアンリが、ホールからこちらを見て足を止めた。
「ノア君、怖い人になってるよ?」
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