第四章 廃工場のお姫様
1-22 「お前のラジオじゃねぇし。ほら」
第四章 廃工場のお姫様
「すみません……私は直接事件を見ていない物で、あまりお力になれず。ノア君、どうしてか工業区が怪しいって行っちゃいまして。……危ない目に遇ってないと良いんですが」
店の外まで警察官の見送りに出たヴァージニア・エバンスは、刑事課の人だというその小太りな人に向かって言う。昨日の事を知っている人なので、ノアが再び事件を目撃したことに、「運が良いのか悪いのか」とぼやいていた。
「これから私たちも工業区に向かいますので、もしご子息を見掛けたら帰るように言っておきますよ。あそこはまあ危ないですしね。ご子息の特徴は?」
「いえ、息子ではなくてノア君はうちで預かっている子なんです。でも心配なことには変わりませんから、有り難う御座います……安心しました。身長は百七十足らずでつい先日十六になった高校生です。ワインレッドの髪に青と緑が混ざった灰色の瞳をした勝ち気な子で、ホワイトシャツに黒色のパンツを履いたシンプルな出で立ちです。見かけたらどうか宜しくお願いいたします」
「了解しました。では失礼します」
一度礼をし、壮年の男性はポピーの前に止まっていた馬車に乗る。御者が振った鞭の音が響き渡ると同時に駆け出していく馬車を見送り、ヴァージニアはその場で軽く伸びをした。
忙しくはあったが、喫茶店をやるのは子供の頃からの夢だったし、息子のようなノアの頼みならば苦にならなかった。開業資金の用意の方がずっと苦労した。
ノアがいつの間にか少女を助けようと動く男に成長してたのが、嬉しくもあり寂しい。
警察が来ていたので、やらなければいけない事が幾つも溜まっている。
緑に囲まれた階段を上がって店内に戻り、待っていて貰っていた客に声を掛け、会計のやり取りを済ませる。怒っているかと不安だったが、目の前の客は笑顔だったのでホッとする。
「有り難う御座いました」
店を出ていく客に礼を言い、ふうと一息ついた。人の居なくなった店内を見渡し、観葉植物と椅子の配置を直す。
客も居なくなったので次は皿洗いをしようと思ったが、その前にラックから掌サイズの紙袋を取り出す。その中からグミを一粒摘み口に放った。気付けばグミがもう数える程しか残っておらず、補充しておこうと思った。紅茶やコーヒー豆の仕入れ先にも何件か電話をしておく必要があった事も同時に思い出す。
「あーそうだそうだ……!」
グミに歯を立てて飲み込んだ後、インテリアを兼ねて買った黒電話がある長机の隅に向かった。
次に客が来る前に電話を終わらせておこう。ヴァージニアはそう心に決めた。
***
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
見知らぬ作業員に挨拶をされたアンリ・アランコは、何食わぬ顔で挨拶を返した。蒸気機関車を作っている工場に侵入したのは、イヴェット探しの為だった。
機械音が響く現場にはさすがに行けないが、作業服とゴーグルのおかげか入り口程度で咎められることはなく、十分用を果たしてくれた。
ガバガバすぎないかと内心思ったが、現実になったスチームパンクと言われる今、ある程度仕方ないことなのだろう。あれは基本十九世紀なのだから。
自分達は二十四世紀を生きていると言うのに、今の時代の技術を下に見てしまう。歴史の授業を受けていれば誰だって抱く感情だ。十九世紀では成しえなかった蒸気飛行機が今存在しているのは素晴らしい事だとは思うが、運航数は昔と比べると笑える程少ない。
損な時代に生まれてしまった、なんて言い回しもある。イヴェットの事を考えると、本当に損な時代に生まれてしまった。
これも豊かな昔ならすぐに解決していた事件の筈だ。あの少女が今頃怖い思いをする事もなかっただろう。
「っと……駄目だ駄目だ」
文句が頭を占めそうだったので考えないでおく。何の手がかりも得られなかった工場から、むっとする外に出た。肌にまとわりつく不快感に思わず眉を潜める。
道を映し「ん?」と気が付くことがあった。先程歩いていた時は全く見なかった警察官が、今は視界に何人か居るのだ。通報のおかげだろう。
心強い光景にアンリは一度伸びをし、自分が担当している方面に足を向けた。
***
ノア・クリストフはユスティンと大手食品工場の周囲を一周していた。が、ラジオはピクリとも反応しなかったのですぐに次に行こうと思う。
「ちょっと待ってくださいよ、ラジオ返してください。一旦貴方に託しましたが、私が聞いている方が効率が良いでしょう」
「お前のラジオじゃねぇし。ほら」
希望通りユスティンの手にぽいとラジオを放る。イヤホンが指の隙間から半端に落ちた。
「っと、物はもっと大事に扱ってください!」
「扱ってんだろ! そんなんじゃいつか損すんぞ、へ、っわ!」
どうやら人にぶつかったらしい。重心を崩してノアは尻から地面に崩れ落ちてしまった。
「何やってるんですか。……申し訳ありません、連れがご迷惑をお掛け致しました。大丈夫ですか?」
「っつぅ……悪い、大丈夫か? ってお前」
声をかけて気が付いた。
プラチナブロンドの髪に眼鏡をかけ警察官の制服を着た人物を見て口をぱくぱくと動かす。彼の後ろには無表情の少年もいる。まさか知り合いに会うとは思わなかった。
「リチェ! クルトも」
「ノアじゃんか、良くぶつかるな~。どうしたんだこんな所で」
こちらに気付いたリチェは、膝を突いたまま人懐こい笑みを浮かべて話し掛けてくる。
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