初恋の果物はどんな味でしたか
白鷺雨月
第1話 熱帯魚と十字架
その女の子との出会いは今から十五年ぐらい前のことになると思う。
夏休みのある日の夕方のことであった。
僕は友達の家でゲームをしたあと、家に帰る途中だった。
八月の初めのことであった。
小学生最後の夏休みのことであった。
僕は帰り道の途中、児童公園の片隅で座り込んでいる女の子をみつけた。
いつもの僕ならそんな子のことなんか無視して帰るところであったが、その日の僕はどういう風のふきまわしかわからないが、その子の様子を見に行くことにした。
それは最初興味本意の行動だったと思う。
夕暮れの公園でしゃがみこんでいる少女は何をしているのだろうか。
ふとそう思ったから、僕はその子のところに近づいた。
遊具が三つほどしかない小さな公園のはしっこの草むらにその少女はいた。
ひざを両手でかかえ、じっと地面を見ている。
僕はゆっくりとその子の近づいた。
その女の子は僕のことに気づいたようで、僕を見上げた。
僕は僕を見上げるその少女の容貌をみて、思わずはっと声をだしそうになった。
彼女はそれほどまでに可愛らしくて美しかったからだ。
卵型の輪郭に絶妙なバランスで目鼻口が配置されている。
二重のぱっちりした瞳が印象的だ。
ツインテールが可愛らしい。
大きな潤んだ瞳で僕を見ていた。
「何をしているの?」
僕はきいた。
「お魚さんが死んじゃったんでここに埋めてあげようと思ったの……」
その子は言った。
僕はその少女の白い皮膚の横顔に思わず見とれてしまった。
悲しげな瞳が涙で潤んでいる。
ああ、この顔には見覚えがある。
たしか二組の木崎林檎だ。
林檎という可愛らしい名前の通り、かわいい少女であった。
名は体をあらわすという言葉が頭のなかをよぎった。
木崎林檎のかたわらには赤いシャベルが置かれていた。
どうやらそのシャベルで土をほり、穴を掘っていたようだ。
掘られた穴には青い熱帯魚がていねいに置かれていた。
「それでお墓をつくっていたの?」
僕はきいてみた。
「そうよ……」
そう言い、木崎林檎は横にもられた土を熱帯魚にかけていく。
「ママは捨てたらっていったけど私はかわいそうだから、ここに埋めてあげようと思ったの」
木崎林檎はそう答える。
僕は土をかけていく木崎林檎の白い手をじっとみつめていた。
きれいな手だ。
柔らかそうで、透き通る肌に青い血管がうっすらと見える。
「なあ、ちょっと待っていてくれないか」
僕は言った。
このまま土をかけただけのお墓にしたら、なんか寂しいものになると思えたからだ。
「うん、いいよ」
こくりと木崎林檎はうなずく。
僕は急いで家に帰り、前に工作でつかった木材とボンドを手に取り、その公園にまいもどった。
木崎林檎は土をかけおわり、こんもりともられたその小さな丘をまた黙って見ている。
僕は木材で十字架つくり、その小さな丘につきさした。
木崎林檎はその十字架を見て、にこりと微笑んだ。
その美しい微笑を見て、またどきりとして心臓の鼓動が速くなるのを覚えた。
「すごいね。立派なお墓になったね、ありがとう」
木崎林檎は嬉しそうな笑顔でそう言った。
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