「先輩、私と結婚してください」と毎日プロポーズする小悪魔後輩JKとそれを断り続ける陰キャ先輩〜実は2人が10年前に出会って結婚していることを後輩JKだけが知っている〜

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第1話

「せ~んぱいっ」


 学校を出ようとしたところで、背後から甘えるような声がした。

 声の主は考えるまでもない。


「どうした?如月」


 振り返った先には、予想通りゆるふわツインテを明るい茶色に染めたJKが立っていた。

 薄っすらメイクもしていて、制服の着崩し方やらカバンのアクセサリーやら全体的に陽の気が強い。

 如月きさらぎ 涼花すずか

 俺――夏野なつの 咲人さくとと同じ高校に通う1個下の後輩で、何かと付きまといからかってくる悪魔のような奴だ。

 本人は小悪魔系を自称しているが、俺からしたらただの悪魔。

 一部では俺と彼女が付き合ってるんじゃないかという噂もあるが、断じてそのような事実はない。


「相変わらず死んだ魚みたいな目をしてますね。死んだ魚みたいな目っていう表現がここまでぴったりな人はなかなかいませんよ。先輩はキングオブ死んだ魚みたいな目ですね」


 この通り彼女の俺に対する態度は、とても彼氏に対するそれではない。

 というか、先輩に対するそれでもない。


「死んだ魚の目死んだ魚の目うるせえよ。何の用だ?」


「今日はどこ行きます?」


 如月が後ろに手を組んで俺の顔を覗き込んできた。


「何度目になるか分からないけど、どうしていつも俺が暇な前提で話を進める?」


 コイツはいつも、俺の予定を聞かずに遊びへ誘ってくる。

 一年前に初めて会った日からずっと、一日たりとも欠かさずに。


「だって先輩、友達いないでしょ?どうせ暇じゃないですか」


「友達がいないのはお前だろ。だから俺に声を掛けるんじゃないのか?」


「嫌だな先輩。私にはたくさんの友達がいますよ?ちゃんとクラスラインだって入ってますし、トゥイッターやイソスタのフォロワーだってこんなに……あ、先輩クラスラインって知ってます?」


「馬鹿にし過ぎだ。知ってるし、ちゃんと入ってる」


 ちなみにトゥイッターもイソスタも知ってる。

 知ってるだけでアカウントは持ってないし、やったところでフォローしてくれる人だっていないだろうけど。


「それは良かった。先輩がハブられて日々暗い学校生活を送ってるんじゃないか、私は心配なんですよ」


「お前が付きまとってこなければ、変な噂も流れずより安心して生活できるんだけどな」


「それは無理な話ですね。で、どこに行きますか?」


「どこでもいい」


 俺がいまさら何を言ったところで、彼女は聞く耳を持たない。

 それに俺は友達はいるが一緒に遊ぶ予定はない人間だ。付き合って出かけてやるのもいいだろう。


 前に一度、彼女にこのことを話したら、それは友達って言わなくないですか?と聞かれた。

 陽キャからしたらそうかもしれないが、陰キャよりの無キャである俺からしたらラウィンの「友だち」に追加された時点で友達だ。

 だから俺には28人もの友達がいる。……別にッ!少なくて悲しいとか思ってないしッ!


「では映画館はどうでしょう?暗いところなら先輩の怖い仏頂面も見なくて済みますし」


「お前、本当に俺と出かけたいと思ってるか?」


「思ってますって。さ、行きましょ」


 自由奔放な小悪魔系後輩に引きずられるようにして、俺はバス停へと歩き始めた。

 どうして陽キャの女子は、こうも先輩の男と気軽に手を繋げるんだろうか。


 ※ ※ ※ ※


 映画館は複合型商業施設の一角にある。

 上映中の映画はいくつかあるが、俺にはこれといって気になる作品がなかった。


「何を見る?お前に合わせる」


「そうですね……。この『僕のわんにゃん日記』はどうでしょう?」


 如月が選んだのは、犬と猫のかわいさを売りにした映画。

 陽キャの好きそうな恋愛だの友情だのを描いた映画はたくさんあるのに、わざわざ「わんにゃん」を選ぶとはこれいかに。


「意外だな。お前ならいわゆる胸キュン系のやつを選ぶと思った」


「胸キュンってその面で言われると笑いますね。胸オエッって感じです」


「やかましい。見る映画は何でもいいんだが、どうしてこれなんだ?」


「先輩。犬猫ってかわいいと思います?」


「まあな」


 俺の家では犬を2匹飼っている。

 それなりの愛犬家だという自覚はあった。


「犬猫のおかげで、先輩のかわいいセンサーが敏感になるわけです。その横で私が『わぁ~わんちゃんかわいいぃ~』とほっぺに手を当てます」


 実際にほっぺに手を当ててみせる如月。

 不覚にも笑顔になってしまうような、あざとかわいい仕草だ。


「先輩はきっと私のことがかわいくてたまらなくなるでしょう。何せ、犬猫をかわいいと言ってる時の女子はかわいいですから。それにこの映画なら、美人女優や二次元の美少女と比べられる心配もありません」


「……その理由でアニマル系を選ぶという発想がすでにかわいくないと思わないか?」


 前言撤回。あざといだけでかわいくはない。

 コイツはあくまでも、どうしたら自分がかわいく見えるかで映画を選んでいる。


「行きましょうか」


 如月は俺の問いかけに答えず、チケット売り場へ歩き出す。

 2人分のチケット、それから売店でポップコーンとドリンクを買った。

 きちんとカップル割引を使ったあたり、コイツはちゃっかりしている。


 ※ ※ ※ ※


「はぁ~面白かったぁ~」


 帰り道、如月が大きく伸びをした。

 残念なことにさほどサイズがないので強調されない。何がとは言わないが。


「先輩、何か失礼なことを考えてませんか?」


「とんでもない」


 幸か不幸か、俺と彼女の最寄バス停は同じところだ。

 バス停からの方向も途中まで一緒のため、出掛けた最後は2人並んで歩くことになる。


「さてと、分かれ道です」


 俺たちがいつも別れる十字路に差し掛かった。

 如月は俺の方を向くと、満面の笑みを浮かべて小首をかしげながら言う。


「先輩、今日も楽しかったです」


「まあ、俺もそれなりに楽しめた」


「むー。そこは素直にお前みたいな美少女とデート出来て嬉しかったって言えばいいんですよ」


 頬を膨らませる如月。

 クルミを詰め込んだリスみたいだ。


「先輩」


 如月は真面目な顔になって姿勢を正すと、俺に向かって右手を差し出した。


「私と結婚してください」


 付き合ってくださいでも、仲の良い友達から始めてくださいでもなく。

 大事な過程をすべてすっ飛ばしてのプロポーズ。

 彼女はこの一年、俺にプロポーズし続けている。

 そして、


「ごめんなさい」


 俺にフラれ続けている。


「はぁ。今日もダメかぁ」


「何をどうしたら今日ならいけると思えるんだ?」


「諦めたらそこで試合終了って言うじゃないですか」


「世界が終るまでは告白し続けるってか」


「……ちょっと何言ってるか分かんないです」


 本気の何言ってんだコイツという目で見つめられた。

 どうやら名言は知っていても主題歌は知らないらしい。


「ていうか、え?そんなずっと告白し続けてもらえると思ってるんですか?さすが先輩ですね」


「褒めてないだろ。あと、それがついさっき結婚を申し込んだ相手に対する態度か」


「えへへ。ついついからかっちゃいました。それじゃあ先輩、さようなら」


「ああ、また明日な」


「へぇ。明日も私と遊びたいんですか?」


「……ホントうるさい奴だな。ほら、気を付けて帰れ」


「乱暴な口調の中に優しさ混ぜてくるギャップ好きですよ」


「……」


「さようなら♡」


 最後まで俺をイジリ倒すと、如月は自分の家がある方へ帰っていった。

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