第20話 武具完成

「アレン、手紙にも書いた通り……今回お前を呼んだのは、完成したお嬢ちゃんの武具を見せるためだ」



 そう言いながらシュトルさんは、家の中から何やら大きな木の箱を運んで来た。

 年齢の割にがっしりとした筋肉質な体型のシュトルさんだが、両手で持った箱はかなりの重さなようで、デッキからの階段を降りる際にもよろけている。

 持つのを手伝おうと立ち上がったが、シュトルさんは目とアゴで『いい、いい、どいてろ』とでも言いたそうな仕草をする。

 そのままゆっくりと、俺とピノラのいる目の前に箱を下ろした。



「この箱に、その武具が入ってるんですか?」


「あぁ、そうだ。俺もまだ一目ひとめしか見ていないが……なかなか良いモンだぞ。鍛冶屋の連中は良い仕事をしてくれた」



 箱自体は果実収穫用の木箱をリサイクルしたような、どこにでもありそうなものだ。

 だが蓋の隅には『ガリオン工房』と書かれた紋章付きの焼印が捺されている。

 俺も職人の世界には詳しくはないが、工房が銘の入ったものなどそうそうお目にかかれるものではない事くらいは知っている。

 つまりこの中に入っているのは、製造元の『ガリオン工房』が自信を持って出荷したものなのだろう。



「トレーナーっ! これ、ピノラが使うの?」



 ピノラは隣に立ちながら、俺の左腕をがっしりと抱えている。

 1ヶ月ぶりに再会した喜びはまだまだ冷めない様子で、文字通り一時も離れずに俺にぺったりとくっ付いている。

 この1ヶ月がよほど寂しく、今がよほど嬉しいのだろう。

 そんな風に彼女に求められている俺も、内心とても嬉しい。



「そうだよ、ピノラ。シュトルさん、お願いします」



 俺がそう告げると、シュトルさんは口元をにやりとさせ、箱の蓋を持ち上げた。

 木枠の擦れる音と共に、取手とって付きの大きな蓋が外される。

 中は大量の緩衝材となる大鋸屑が詰め込まれていたが……


 その隙間から、銀色に輝くものが見えた。



「ふわぁ…………!」


「こ、これは…………」


「へへへ、凄いだろう。こいつが、兎獣人ラビリアンに必要な武具だ」



 そこにあったのは、オール樹から降り注ぐ木漏れ日を反射させて輝く、武具一式であった。

 鉄手甲ガントレット鉄靴ソルレットのほか、胸甲キュイラスまで。

 表面は丁寧に研磨されており、鋼鉄製と思われる品々でありながら純銀のような輝きを放っている。

 

 

 ほ、本当に凄い武具だ。

 間違いなく、一級品の。



「き、きれい……! ピカピカだよっ! トレーナーっ!!」


「あ、あぁ……! これは凄い……!」



 俺は感動のあまり、声が震えてしまっていた。



「へへへ、凄ぇだろう? 鋼鉄製の武具一式だ。小柄な兎獣人ラビリアンでも体重を稼げるように、装甲の厚みは一般的な武具の3割増しにしてある。正面からの攻撃なら、獅子獣人ライオネル族の爪だって通さねえ。だがなんと言ってもこいつの最大の特徴は、膝部分の構造だ。足底に受けた衝撃を膝関節周辺の部品が受け止め、それを大腿にまで受け流してくれるクッションのような構造にした。これならどんなに飛び跳ねても、着地時の衝撃で膝や踵を壊す心配が無くなる。兎獣人ラビリアンの大腿筋を最大限に活用した武具だ!」



 シュトルさんの説明の通り、銀色に輝く装甲はしっかりとした厚みがあり、無骨さの中にも職人たちの技術が惜しげもなく注ぎ込まれているのが解る。

 特に膝周辺の構造は見たこともない程に精巧に作られていて、長年培われたシュトルさんのアイディアが詰め込まれているようだ。

 手にとって持ち上げてみると、ずっしりとした重量感がある。

 防具のほかに着用時に肌に当てる鎧下の一部も梱包されており、それまでもが肌触りの良い高級そうな生地で作られている。

 固定用の革ベルトは錆止めの塗布されたバックルと共に付けられており、革自体も厚く丁寧になめされているようだ。

 その出来栄えは、一国の王宮近衛兵が使用していてもおかしくない程のものである。

 工房の銘入れになるのも頷ける逸品、だが……



「あれ……? 武器はあるんですか? 一緒に入っているとか……?」



 俺はふと気付き、シュトルさんに問いかけた。

 防具は完璧、だが肝心の武器のほうが見当たらない。

 一見して箱に中に入っているのは、手足と胴に着ける防具の類だけだ。

 今までは自宅にたまたまあった長剣ロングソードを使っていたのだが……1ヶ月前にシュトルさんは『考えがある』と言っていた。

 重く、バランスが悪いと評された長剣ロングソードの代わりに、新しい武器も用意してくれたはずだ。


 だが大鋸屑を漁ってみても、箱の底に何かがあるようには見えない。

 今日はまだ武器は用意されていないのか……?

 俺が怪訝そうな表情でシュトルさんを見ると、彼はにやにやと笑みを浮かべていた。



「へっへっへ……アレンよ、武器は目の前にあるだ」



 そう言ってシュトルさんが指さしたのは、箱に入った防具だった。



「ど、どういう事ですか?」


「その鉄靴ソルレットがそうさ。特別頑丈に作ったそいつを履いて、蹴る! そいつは防具でもあり、武器でもあるんだよ」


「ええっ!? こ、これを装備して、肉弾戦で戦うんですか!?」



 俺は驚きとともに、箱に入ったままの鉄靴ソルレットに目を向ける。

 箱詰めされた武具の中で最も大きい鉄靴ソルレットは、よく見れば爪先や脛のあたりに並々ならぬ大きさの補強板が打ち付けられていた。

 そこはまさに、蹴りを繰り出した際に標的を叩く部分だ。

 


「そうだ。兎獣人ラビリアンは下肢の筋肉は発達しやすいが、上腕はいくら鍛えても他の獣人族には敵わん。そんな細腕で手持ちの武器なんか持たせても、バランスが悪くなって邪魔なだけだ。ならば、最初からその脚力を武器にしちまえば良いってこった。お嬢ちゃんの体重に武具の重さを足し、そいつを兎獣人ラビリアンの脚力から繰り出される蹴りに乗せられれば、たとえ相手が熊獣人ベアクロス族だろうとブッ倒せる! それが、20年前にファルルが得意としていた戦法のひとつだ!」

 


 シュトルさんは顔の前で拳を握り、力強く言い放つ。

 兎獣人ラビリアンの特徴を生かし、蹴りのみで戦う。

 そんな戦術は、俺には思い付かなかった。

 そしてこの武具は、それに特化した物なのだ。


 俺は目の前の武具と、新たな戦術に武具に感動していた。

 だが、それ以上に────────



 俺は胸の中で、シュトルさんが本当に約束を守ってくれていた事に感謝していた。

 正直なことを言えば、1ヶ月前にここを出たときは不安でいっぱいだった。

 金を要求され、ピノラも置き去りにし、本当に大丈夫なのだろうかと言う不安で胸が張り裂けそうだった。


 しかし1ヶ月が経った今、シュトルさんのトレーニングによりピノラは見違えるほどの俊足を手に入れていて、更に約束の武具も目の前にある。

 俺は、シュトルさんを疑っていた1ヶ月前の自分を大いに恥じた。

 こんなにも、良い人だったじゃないか。

 ピノラのことを、こんなにも大切にしてくれているじゃないか。

 俺は感謝と、謝罪と、尊敬と……様々な感情が混ざった視線を、シュトルさんに向ける。


 目を細めて笑うシュトルさんは、そんな俺に向かって呟いた。



「アレン、こいつが今日出来たのは、お前のおかげだ。1ヶ月前に、お前が俺のことを信じて金を出してくれたおかげで、ヴェセットの鍛冶屋も快く注文オーダーを受けてくれたんだ」


「そ、そんな……俺はただ金を用意しただけですよ」


「いいや……半信半疑だったのかもしれねぇが、それでもお前が俺の言葉を信じてくれたから実現できた事だ。ありがとうよ」



 胸甲キュイラスを持ち上げて満足そうに眺めるシュトルさんは、俺に笑顔でそう溢した。

 疑っていたのに、こうしてお礼まで言われてしまうなんて。

 俺はどこか気恥ずかしくなってしまった。

 シュトルさんの笑った顔を、俺は初めて見たかも知れない。

 


「さぁ! 眺めていても武具は役に立たねえ! お嬢ちゃん、早速だがこいつを装備してみな!」


「はーいっ!!」



 目をキラキラさせて待っていてピノラは、元気よく手をあげた。

 

 だが、彼女は今まで人間族用に作られた既製品レディメイドの革鎧しか使った事がない。

 軽鎧など装着したことがないはずだ。



「ピノラ、俺が着けてやるからそこに立って。腕を横に広げるんだ」


「うんっ、解ったっ! トレーナー、着せて着せてーっ!」



 まるで新しく購入した服を試着するかのような格好で、腕を広げて待つピノラがとても可愛い。

 彼女とのこういった会話ひとつひとつが、夢のように愛おしい。

 俺は嬉しそうに身体を揺すっているピノラの四肢に武具を当てがって行った。



「まずはこの布に手を通して……親指が出る穴があるから、そこに通すんだ、そうそう。足は……」


「えへへへ……これでいい?」


「うん、それでいい。じゃあまずは腕の武具を着けるから、そのまま腕を広げておくんだぞ」


「うんっ! えへへへ……!」


「ふふ…………」



 銀色に輝く鉄手甲ガントレットを着けようとしていると、後ろからシュトルさんの笑い声が聞こえてきた。

 振り返って見ると、後頭部あたりを掻きながらこちらを見ている。



「な、何ですか? シュトルさん……そんな笑って……」


「いやぁな、お嬢ちゃんが俺といる時と比べて、顔が全然違うからよ。アレンに会えたのがよほど嬉しいんだろうな。この1ヶ月、トレーニングも食事も、何もかもちゃんと言うことを聞く良い子だったが、こんな笑顔を見たことは無え。アレン、お前さんお嬢ちゃんに相当愛されてるなぁって思ってな、ははは」



 そう言われた俺とピノラは、無言で視線を合わせるとお互いに顔を赤くしてしまった。



「も、もーっ! シュトルさぁんっ! そういう事はトレーナーの前で言わないでよぅっ!」


「がははは! いいじゃねぇか、お嬢ちゃん! いっぱい甘えさせて貰いな!」


「ちょ、ちょっとシュトルさん……茶化さないでくださいよ……」



 俺は照れながらも、今度はピノラの胸と足にも武具をはめていく。

 ピノラも指摘されたことが余程恥ずかしかったのか、今にも湯気が立ちそうなくらい顔を赤くしている。

 可愛い、が、気まずい。

 シュトルさんがあんな事を言うものだから、変に意識してしまう。

 正面から胸甲キュイラスを着けるために回していた手が、ピノラの身体に触れる度に汗ですべる。

 俺は「はぅぅぅ……」と言いながら俯いてしまったピノラの顔を横目で見ながら、次々と武具を取り付けていった。



「よ、よし、これで完了だ。ピノラ、どうだ?」



 胸甲キュイラスの側面に付けられたバックルとボタンを閉める。

 パキンという高い金属音と共に、全ての装備が完了した。

 


「ふわぁぁ…………手も、足も、身体もすごくピッタリしてるっ! 動いても痛くないし、息も苦しくないよっ!」



 そう言ってピノラは、四肢に着けた武具を披露するように手を広げ、その場でくるりと回って見せた。

 うん、本当に凄い武具だ。

 特注品オーダーメイドの武具というのは、これ程までに凄まじいものなのか。

 まるでピノラが甲冑を着込んだ精悍な騎士のようにさえ見える。

 満面の笑みを浮かべる可愛らしい顔とのギャップが、また良い。


 だが────────



「トっ……トレーナーっ……! これっ、可愛いんだけどっ……す、凄く重いねっ!?」


「お、おいピノラ……大丈夫か? ふらついてるぞ!?」


「わっ!? あわわわわっ!?」


「あ、危ない! ピノラっ!!」



 踏み出そうとした足が、鉄靴ソルレットの重さでタイミングを失い……

 ピノラは後方へと倒れかけてしまった。

 慌てて駆け寄った俺は、ピノラを後ろから抱きしめるように受け止め、そのまま一緒に尻餅をつく。



「ピノラっ! 大丈夫か!?」


「あ……え、えへへへ! ごめんね、トレーナーっ! 抱っこしてくれてありがとう……!」


「おいおい……アレンもお嬢ちゃんも、大丈夫かぁ?」



 仰向けに重なるようにして倒れ込んでしまった俺たちを、間近で見ていたシュトルさんは覗き込むようにして心配の声をかけてくれた。

 兎獣人ラビリアンのバランス感覚は他種族よりもかなり優れているはずだが……それでも、仕方のない事だろう。

 先ほどピノラに全ての武具を着けるために手にとった際、そのひとつひとつがかなりの重さだった。

 それを全身に着た状態のピノラは、さぞ重く感じる事だろう。

 と言うより……今まさに俺の下肢に乗っているピノラが……す、すごく重いっ……!



「シュトルさん、これ……だ、だいぶ重くないですか!?」


「ああ? そりゃそうだろ、重くするために作ってんだからよ。体重が軽すぎて決定打に欠ける兎獣人ラビリアンに、この『重さ』が攻撃力を齎してくれるんだ」


「そ、そうかも、知れないですけどっ……これじゃまともに動けないんじゃ!?」


「アレン、お前は兎獣人ラビリアンの脚力をナメ過ぎだぞ。これくらいの重さなら、お嬢ちゃんだって訓練次第で…………」


「はぁうぅぅ〜……トレーナーの抱っこ……あったかぁい〜……♡」


「ピ、ピノラぁぁっ! お、俺の膝と腰が限界だから、ちょっと降りてーっ!!」



 ずっしりとした重さのまま身体を預けてくるピノラの下で、俺の足腰がみしみしと音を立てていた。

 『えぇぇ〜』と、心底不満そうな声を上げつつもピノラが降りると、重さによって止まっていた血液が足先へ流れていくのを感じる。

 うぅむ……凄い重さだ。

 鉄の塊を全身に纏っているようなものなので、当然と言えば当然なのだが。

 これを着た状態で戦う……?

 訓練次第と言っていたが、そんな事が本当に可能なのか?



「シュトルさんっ! これ、重いから一回脱いでもいーい?」


「ダメだ、お嬢ちゃん。今日からは毎日そいつを着た状態で訓練するんだ。厳密に言えば訓練中だけじゃなく、寝るとき以外はずっと着て貰うからな、頑張れよ」


「えっ、えぇぇぇぇーーーーっ!?」



 突然言い渡された次のトレーニング内容に、ピノラは驚愕のあまり大声を上げた。

 あまりの大声のせいで、遠くの木から何かの鳥類が飛び立つ音が聞こえる。



「この1ヶ月のトレーニングの成果で基礎的な筋力はあるはずだ。まずはその武具を常時着用して、重さに慣れろ。そして最終的には、その武具をつけた状態で……この訓練所の対角を3歩以内で跳んで移動できるようにするぞ!」


「ええぇぇぇぇぇっ!? シュ、シュトルさんっ! そんなの難しすぎるよぅっ!」



 これから始まるであろう過酷な訓練に驚くピノラの後ろで、俺はちらりと訓練所を見渡した。

 あの重い武具を着けて、このだだっ広い闘技場と同じ広さの訓練所を、跳び回るって……!?

 いくら跳躍力に秀でた兎獣人ラビリアンとは言え、そんな事が本当に可能なのだろうか……?



「シュトルさん、それはいくら何でも不可能なのでは……?」


「いいや、できるさ。兎獣人ラビリアンの足の力ってのは、訓練すりゃあこれくらい楽々にやってのけるぜ。実際にファルルは、まさにここで同じことをやっていたからな。当然だが、この訓練にもちゃんとした理由がある。ま、1ヶ月また任せておけって」


「は、はぁ…………」


「うえぇぇっ……重たいよーっ! トレーナーっ、せめてこの手のやつだけでも取ってーっ!!」



 シュトルさんと話す横で、半べそをかくような表情で両手を突き出しているピノラ。

 まるで駄々をこねるようなその仕草に、俺はちょっと笑ってしまった。

 仕方ないな、と腰を上げてピノラを手を取ろうとした



 が────────



「待て、アレンっ! 聞けっ!!」



 突如、シュトルさんが大声で俺を呼んだ。

 ピノラと俺は、揃って身体を跳ねさせる。



「ふえっ!?」


「わっ!? な、何ですか!? 急にそんな大きな声────────」


「言い忘れてた。大切な事だから聞いてくれ」



 そう言いながら、足ばやに俺の元へと歩いてくる。

 俺とピノラの間ほどの場所で屈むと、不自然なくらいのニッコリとした笑顔になった。

 右手の親指を立てて……そのまま後方を指す。



「アレン、今回の用事は『武具を見せる』、だと言ったな」


「え? は、はい」


「うん。もう済んだから、サンティカに帰っていいぞ。と言うか、今すぐ帰れ! お嬢ちゃんとまた会うのは、1ヶ月後な!」


「え、えええええぇぇぇぇっ!?」


「ええええぇぇぇぇーーーーっ!!?」



 まさかの帰宅指示。

 久しぶりに一緒に居られると思っていた俺とピノラは、思惑が外れ大声を上げた。

 


「だあぁぁ! うるさいな! アレン、お前がいると今みたいにお嬢ちゃんが甘えちまうんだよ! さっさと帰れっ!」


「そ、そんなっ!? まだ到着して一刻ちょっとしか経ってないですよ!? そ、それにそんな言い方しなくても!」


「そ、そうだよシュトルさんっ! ピノラ、まだトレーナーと一緒に居たいよ! もっと抱っこしたいよーっ!!」



 俺たちの全力の抗議をよそに、シュトルさんは俺とピノラの間に入り込み、引き剥がすように引き剥がしてきた。



「ダメだっ! お嬢ちゃんに『手のやつ、とって♡』って言われて、すぐさま武具を外そうとするようなヤツなんか居させてたまるかっ! アレン、お前はあと1ヶ月かけて金を稼ぐんだろう! とっととサンティカに戻って働いて来いっ! ……あ、お前が持ってきた食料品とかは、全部置いていけよ!」


「ちょっとっ! それじゃあまるで山賊じゃないですかぁっ!? せ、せめて一泊! いや、夜まででも良いですから……!」



 正直言おう。

 俺は今日、シュトルさんの家に泊まる気満々で居た。

 その為の簡易寝具も持ってきたし、もし断られたらヴェセットの街にある宿屋にでも泊まろうかと考えていた。


 だが、シュトルさんはそんな俺の考えを許してはくれないようだ。

 武具の入っていた箱の蓋を握ると、それを盾のようにして俺を掃き出すかのように押し除け始めた。



「ダメだダメだっ! お前らは放っておくと隙あらばイチャコラしやがる! そんな元気があるなら、各々で労働と訓練に費やしやがれ! ほれほれっ!」


「ちょっ、そんな押さないでくださいよっ!? あ、あぁっ……ピ、ピノラっ! ピノラぁぁーーーーっ!?」


「うわーーーん! ま、待ってぇぇっ! トレーナー、待ってぇぇーーっ!!」



 ぐりぐりと押し出されて行く俺を見て、座り込んだピノラは号泣しながら手を翳していた。

 追いかけたくとも、武具の重さでまともに歩けない様子だ。

 心底悲しそうな顔をしているピノラが、段々と遠ざかって行く……。


 結局そのまま、俺はシュトルさんの家の前まで押し出されると、『戻ってくるなよ』と釘を刺されて放り出されてしまった。

 家屋を挟んで向こう側にある訓練所から、ピノラの切なそうな泣き声が響いていたが……

 俺は仕方なく、ヴェセットの馬車駅へと向かうためにとぼとぼと山道を下って行くのだった。

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