64話目 兵器デススプレー

 カラオケに着くと見覚えのない男子が純と一緒にいるのを発見する。


 純の所に今すぐ行きたいけど、考えがあってここにきた純の邪魔をしたくないから我慢。


「じゅんちゃんが男子と遊んでいるのを初めて見たよ! もしかしてデート?」

「違うよ」


 2人は歩き始めたから、後をつけながら話す。


「じゅんちゃんがここにきたのは、幼馴染を助けるためにだよ」

「それは不思議だね! こうちゃんとじゅんちゃんの幼馴染はらぶだよ! でも、らぶは家にいたから誘惑はされてないよ! でも、じゅんちゃんは誘惑されたらぶを助けに行ってるんだよね? 考えても意味が分からないよ!」


 誘惑と誘拐を間違えているな。


 ふと、気づいたことがある。


 鈴木は1度たりとも愛の名前を言っていないことに。


 何か落ちる音がしたのでそちらを見ると、地面に寝転がっている愛がいた。


 すぐに近づき愛の体を隅々と見るが怪我をしている所はない。


 気持ちよさそうに寝ているから愛を背中に乗せて、2人を追った。


 見慣れた道を歩いていると思ったら坂上高校が見えてきて、その先の舗装されていない道を2人は歩いて行く。


 しばらくして、古びた建物が見えてきた。


 その建物は2階建てで、屋根が半分ほどはがれている。


 純たちは正面の出入口から建物の中に入る。


 音を立てずに入り口に近づいてドアを少し開けて隙間から中を覗く。


 奥側の真ん中に鈴木が1人がけのソファに足を組んで座っている。


 その前に純と案内した男子が立っている。


 鈴木の隣には男子2人に挟まれて口にガムテープをされている目力の強い女子がいた。


 そう言うことか。


 鈴木は目力の強い女子を純の幼馴染だと勘違いして拉致をした。


 勘違いしたのは、目力の強い女子の近くにいる男子の所為だろう。


 あの2人はカラオケで僕達に絡んできて、純に返り討ちにされている。


 その時に、目力の強い女子を僕達の幼馴染と勘違いして鈴木に伝えた。


 いやそれだけではない。


 調理実習室で鈴木が作った料理を食べている時に聞いてきた。



『今日の昼に仲良さそうに話していた背の高い女子とお嬢様みたいな女子が幼馴染なのかなって』



 返事をしなかったけど、鈴木は無言を肯定として受け取った。


 僕の所為で目力の強い女子が人質になっている。


 今すぐ助けたいけど、目力の強い女子の近くにいる男子2人は刃物を持っている。


 無理に近づいたら目力の強い女子が怪我をしてしまうかもしれないし、純の足手まといになるかもしれない。


 それに、愛を危険な目に合わせるわけにはいかない。


 愛を近くの茂みに隠すために立ち上がろうとしていると、後ろからお腹が鳴る音が聞こえる。


 顔だけそちらに向けると愛は口を手で塞いで、空いている手で人差し指を立てて顔の前に持ってくる。


 静にという意味だろう……可愛い。


 じゃなくて、急いで鈴木達の方に視線を向ける。


 僕達には気づいていないようだからこの場所から少し離れて、鞄から煎餅を取り出して愛に渡す。


 笑みを浮かべながら食べている愛を見ながら、武器になりそうなものがないか鞄の中を漁る。


 教科書、ノート、筆記用具しかない。


 凶器を持った大人数の相手に、これでは純と目力の強い女子を助けることはできない。


 悩んでいると、愛が船を漕ぎ始めて地面の方に倒れそうになって急いで支える。


 愛を近くの茂みに隠して、古びた建物の方に向かう。


 無策で突っ込んでも駄目なのは分かる。


 でも、このまま時間が過ぎて純や目力の強い女子が怪我をするかもしれない。


 覚悟を決めた僕は走ろうとしていると、硬いものを踏んでこけそうになる。


 下を見ると、そこにはデススプレーが落ちていた。


 臭いだけで相手を涙目にすることができる調味料。


 それは調味料と言うより武器に近い気がするけど……これだと思い、デススプレーを手にして建物に戻る。


 正面のドアから覗くと、純と目力の強い女子は無事。


 2人を助ける方法を具体的に考えながら、建物の中を見渡す。


 後ろに人1人が通れる小窓があるのが目に入り、そこに移動して中に入る。


「おい、そこに男がいる!」


 純と隣にいる男子が、すぐに僕のことに気付いたけどもう遅い。


 目力の強い女子の両隣にいる男子達の目にデススプレーを吹くと、断末魔を上げながら倒れて気絶した。


「鳳凰院さん逃げるよ!」

「わたくしは王子様が外に出るまで出ませんわ」


 説得する時間はないから、目力の強い女子を守りながら戦うことにした。


 純の隣にいた男子が向かってきたのでデススプレーで倒す。


「面白いね。君は。そうじゃなくて、百合中君って呼んだ方がいいかな?」


 にやついた鈴木はそう言いながら僕に近づいてきた。


「大嫌いなお前に名字すら呼ばれたくない」

「それは奇遇だね。おれもお前のことが大嫌いだよ!」


 目の前に迫ってきた鈴木にデススプレーを吹くと立ち止まる。


 他の男達と同じようにデススプレーが効いた。


 この隙に、純と目力の強い女子を連れて。


「何だよこれ、超気持ちいい! 目が痛いし、喉も痛いし最高だよ‼ もっとおれにかけろ‼ もっともっともっと‼」


 痛がる所か満面の笑みを浮かべていた。


 何度も鈴木にデススプレーを吹くが喜ぶだけで効果がない。


 デススプレーを捨てて構える。


 鈴木は右にずれて後ろにいる目力の強い女子に手を伸ばそうとした。


 目力の強い女子の肩を摑んで、全力で純の方に目掛けて放り投げる。


 無事純は目力の強い女子をキャッチすることができた。


 鈴木は僕の首元に腕を回されて喉仏に包丁を向けられる。


 払いのけて純の所に行きたいけど、恐怖で体が動かない。


「お前は何がしたい?」

「おれの目的はね」


 純に聞かれて鈴木はニヤニヤしながら倒れている男子が落とした包丁に視線を向ける。


「その包丁でおれを刺して。おれは小泉さんに傷つけられたい。傷つけられて、小泉さんのもだと言う証をおれの体に刻みつけたいんだ! 一生残る傷を‼」


 純は迷いなく包丁を手にして僕達の目の前に立つ。


「さすがおれが惚れた小泉さんだね」

「お前に惚れられても嬉しくない」

「いいよ! すごいいいよ! その鋭くて冷たい目でおれをもっと睨んでくれ」

「黙れ!」

「その包丁でおれを刺せば黙るよ! ただし急所は狙うなよ。だって、死んじゃったら小泉さんに痛みつけられないから‼」


 包丁を持ち上げた純は怒りに身を任せて、鈴木の顔に向かって包丁を振り下ろした。


 血が噴き出て純は顔を真っ青にする。


「……何で…………?」


 ナイフの落ちる音がした後、純は掠れた声を出した。


 真剣白刃取りのようにナイフを両手で取ろうとした。


 上手くいかずに、右手の甲に刃が刺さって血が出てすごく痛い。


 今は痛がってる場合ではない。


 寂しがり屋なのにそれを隠して、僕と愛のことばかりを考えて行動してくれる純を安心させないといけない。


「大丈夫だよ。だから僕に任せて」

「……でも、私……こうちゃんに怪我させた」

「全然痛くないから」


 僕はそう言いながら右手を左手で叩く。


 正直痛いけど瞳に涙を浮かべる純を前にしてそんなことを言っている場合ではない。


「おれの邪魔をするな! 癒えない傷を小泉様にもらっておれは小泉様のM奴隷になるんだ。おれは小泉様のものになるんだ」


 首に向けられていたナイフの刃を左手で地面に叩きつける。


 怯んだ鈴木は僕の首から手を離して数歩後ろに下がる。


「いつもいつもいつもいつもいつもおれの邪魔をしやがって! おれはただ小泉様のそばにいて痛みつけられたいだけなのに‼」


 拳を構えて大声で叫びながら僕に突っ込んでくる鈴木。


 右手の拳に力を入れると血が大量に出てきて手の感覚がなくなってきたけど、どうでもいい!


 本当にどうでもいい!


 今は大事な幼馴染を泣かしたこいつを殴ることしか頭にない。


 腕を思いっ切り引いて。


「うるさい! じゅんちゃんに男のお前は必要ない! 純は愛や純を愛する女子達のものだ!」


「きぃもひぃいいいいいいいい―――――――――――――――――――――――」


 近付いてきた鈴木の顔面に振り下ろすと、歓喜の声を上げて吹っ飛ぶ。




「王子様」

「何?」

「わたくし、重くないですの?」

「全然軽い」

「……よかったですわ」


 鈴木が気絶したことを知ると、目力の強い女子は安心したのかその場に座り込みながら泣き出した。


 しばらくしても、立ち上がることができない目力の強い女子は純におんぶされている。


 目力の強い女子の家に着き、僕達が帰ろうとすると、「わたくしの家で、手当てしてくれるまで、帰さないですわ」と泣き出したので渋々見てもらうことにした。


 医者の目力の強い女子の父親に僕の両手を見てもらい、消毒と包帯を巻いてもらった。


 背中で寝ている愛を家に送った後に純の方を向く。


「今から僕の家にくる?」


 さっきから視線を合わせてくれない純にそう言うと、ゆっくりと頷く。


 2人で僕の家に入って、リビングのソファに隣同士に座る。


「こうちゃん大丈夫?」

「うん。鳳凰院さんのお父さんが1週間ぐらいあればなると言っていたから大丈夫だよ」

「……こうちゃん私から」

「離れてほしいって言っても、僕はじゅんちゃんから絶対に離れないよ」

「……でも、でも、私の所為でこうちゃんを傷つけた。らぶちゃんだって傷つけられていたかもしれない。それに私によくしてくれる鳳凰院さんだって巻き込で……私は誰かと一緒にいたら駄目‼」


 純は立ち上がって叫ぶ。


 気持ちは痛いぐらい分かる。


 自分の所為で大好きな純と愛が傷つけられるなんて耐えられない。


 実際、愛と純を無理矢理キスさせそうになった僕は2人から離れようとした。


 そんな絶望していた僕に純は言った。


 大丈夫だからと、休んでもいいよと言ってくれた。


 どれだけ感謝しても足りない。


 今度は僕の番。


「僕は決めたよ! そんなことを思えないぐらい今まで以上にじゅんちゃんを甘やかして、そんなことを2度と言えない体にする!」


 純に抱き着いて純以上に叫ぶ。


 今が晩で近所迷惑なんて気にせずに。


 抱き着かれているから、純は真っ赤にした耳を押さえることができずに困惑しているけど気にせずに叫ぶ。


「僕は、じゅんちゃんが思っている以上にじゅんちゃんのことが好きなんだよ! そんな純を甘やかすのが僕の生きる理由なんだよ! だから、じゅんちゃんがどんなに嫌がってもたくさん甘やかすからね! 覚悟していてね!」

「…………いいの?」


 肩に冷たい感触がする。


「…………すぐに喧嘩をして、こうちゃんや、らぶちゃんに迷惑をかける私が、こうちゃんのそばにいて、こうちゃんに甘えて、いいの?」


 純は涙声になって、途切れ途切れに言う。


「いいよ! じゅんちゃんが大好きな人と結婚するまでは、嫌だと言われても甘やかし続けるから!」


 愛と以外結婚するのは許さないという本音は格好がつかないので我慢。


「……こうちゃん、あり、が、とう」


 そう言って、声を上げて泣き出す純を強く抱きしめた。


 純が落ちついた後、僕達はソファに座る。


 純は僕を一瞥しながら何か言いたそうに口を開いては閉じるを繰り返している。


「どうしたの?」


 今までだったら純から言ってくれるまで待っていたけど、これからは純をとことん甘やかすと決めたので訊く。


「……鳳凰院さんを傷つけた……私……鳳凰院さんに嫌われた?」

「じゅんちゃんは鳳凰院さんに嫌われたくない?」

「分からない。こうちゃんとらぶちゃん以外はどうでもいいと思ってた……それなのに、鳳凰院さんに嫌われると思ったら……胸が……痛い……」

「辛い気持ちを話してくれてありがとう」


 母親が死んでからは弱音を吐かずに、でも1人でいる時はベッドに包って泣いていたことを知っている。


 やっと、純の本音を聞けたからお礼を言った。


「私、これからどうすればいい?」

「じゅんちゃんはどうしたい?」

「……私は、私は鳳凰院さんとまた話したい。一緒に弁当を食べたい。放課後一緒にクレープ屋に行きたい」

「うん。なら、そうしよう」

「でも、どうしたらいいか分からないかこうちゃんも手伝ってほしい」

「もちろんいいよ! じゅんちゃんのためだったら僕は何でもするよ」

「……本当?」

「うん。本当だよ」


 頷くと純は満面の笑みを浮かべた。


 それから、目力の強い女子の気持ちを確かめるにはどうすればいいか1時間話し合った結果ランイで聞くことにする。


「私のこと嫌い?」

『大好きです!』


 送って1秒も経たないうちに目力の強い女子こと鳳凰院から返事がきたから、僕と純は思わず笑う。

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