虚に
囿
第0話_プロローグ
「来てくれると思ってました」
リィズは浅い川にローファーを履いたまま突っ立っていた。右脚の太腿あたりから、どろどろと血を流しながら。
その異様な光景を前にして、俺は何も言えずにいた。
言葉が出なかったのは驚いた訳でも呆れていた訳でも無く、行動の意味が全く分からなかったからだ。
俺はその時どんな顔をしていたのだろう。
脚の力が抜けないよう、しっかりとした足取りで一歩一歩近付いていった。
「高校を、卒業する前に言っておきたかったんです」
その言葉で俺は足を止め、リィズのほうを見た。
「何を」
リィズはこちらを見て確かに微笑んだ。
「ありがとう、って」
彼女が右手に持つ鋏からは、まだ血がぼたぼたと滴り落ちている。
「意味が分からない」
「自己満足なんです」
また笑う、どうして笑うんだ。
「だって、ゼロには何も伝わっていないんだから」
「それは…」
その先は続かなかった。
そうだ、リィズの伝え方がいくら突拍子も無い方法だからという訳ではなく。そもそも俺が、
「ゼロは怒っても笑ってもくれないんですね」
含みのある言い方だった。
「お前は分かってるんだろ、俺のことを」
あの時の俺は、きっといつになく感情的だった。そこには確かに、強い恐怖があったのだ。
「そうですね、ゼロよりも少し詳しいかもしれません」
リィズはいつもより少し饒舌で、どこか大人っぽさを感じた。
「俺は何なんだ?」
リィズは真っ直ぐゼロを見据えたまま、無言だった。ただ、少し悲しそうな表情を残しながら。
俺はその答えが欲しかったのに。もっと必死な素振りを見せたら教えてくれたのか?もっと愛想よく接していたら?
どうして、何も言ってくれなかったんだ。
リィズはそんな焦りを見透かしているかのように、ゆったりとした動作で空を仰いで、ぽつりと呟く。
「卒業したら、もう会えないですね」
その日は晴天で、太陽が眩しかった。
俺には、その空を見上げる余裕は無かった。
「……」
それから、リィズはついに何も言わなくなり、目を合わせようともしなくなった。
いつの間にか彼女の太腿の血は、流れが止まっていた。
深く、抉れていたはずなのに。
×××××××××
それから二人は、一度も言葉を交わさないままに卒業した。
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