軽やかに愛せば

池田春哉

第1話 二十六年目

 手を震わせる父をからかっておきながら、実は私も緊張していた。


 今日は見たことないくらい良い天気で、白い壁も柱も石畳も扉も、すべてがきらきらと輝いている。あまりにも出来すぎた場に、本当に私なんかが相応しいのだろうかとすら思えてくるほどだ。

 お母さんも今頃緊張してるのかな。見えない場所で私を待つ母を想う。

 私は母に何と言おうかずっと考えていた。

 

 たくさん迷惑かけてごめんね? 

 今まで見守ってくれてありがとう?

 お母さん大好き?


 そんな私の気持ちは、きっと母にはすべてお見通しだ。

 あえて言葉にするのもいいけれど「知ってるよ」と返されるのがオチだろう。

 じゃあ私は何を言おう。娘である私は、母に何を伝えよう。

「開きます」

 言葉とともに扉が開く。

 結局何も決まらなかった。ただ、それでもいいと思った。その時思いついたことを言えばいい。私たちはずっとそうだったから。


 私たちは二十六年間、そうやって適当に幸せに生きてきた。


 そう思うと気持ちがふっと軽くなる。青空が初めて味方になった気がした。

 さあ行こう。

 私は父の腕を取って、祝福に満ちた光へと一歩踏み出した。


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