監禁生活 -2-

 その後はしばらく会話を続け、湯浴みを終えた俺は、ふかふかのベッドに潜り込む。もうすっかり、ここでの生活に慣れきっている自分に呆れてしまう。

 ヴィンスが悪い者ではないことは、よくわかった。世界の仕組みも、彼が自分のために誘拐事件を起こしていた訳ではないことも、それが必要なのだということも理解した。

 しかし俺は、このままヴィンスと別れて、彼が来年も子供を誘拐し、身代金の要求をすることを未だ許容できない。

 この生活の終わりはいつ、どのような形で来るのだろうか。

 堂々巡りの思考をしながら眠りについた俺は、翌朝、深い心地の良さを感じて意識を浮上させる。

 誰かが自分の頭を撫でていた。ゆっくりと髪を指で梳かれる感触の、甘美さは何だろう。一瞬その手が止まり、離れてしまう気配を感じて、惜しく思う。軽く手の後を追うと、撫でる動きが再開された。

 誰かが側にいることには気づいたのに、あまりにも気持ちが良くて、目を開くのが躊躇われる。眠りと覚醒のあわいを揺蕩い、そっと吐息する。

 くすり、と笑う小さな声が聞こえて、ようやく瞼を押し上げた。

 目の前には、俺を覗き込む、ヴィンスの端整な顔があった。彼は俺の寝ているベッドに腰かけている。つまり、髪を撫でていたのはヴィンスだ。

 それはそうだろう、この場所には俺と彼しかいないのだから。

「おはよう」

 彼に穏やかな声で、いつも通りの挨拶をされ、一拍置いて顔が熱くなってきた。

「な……にしているんだ。ここで」

 問いかけながら、体に緊張が走る。何故なら、俺は彼の手に、自分から頭を擦りつけるような仕草をしていた自覚があるからだ。

「ユージの寝顔を見ていた」

 平然と答えられた。

共同生活をしていてわかったことの一つは、ヴィンスは……というより、神には睡眠も必要ないということだ。食事と同じように、寝られるのかもしれないが、一度も眠っているところは見たことがない。

 ならば俺と二人だけのこの場所で、俺が寝てしまう夜は暇だろう。だからといって、人が寝ている所を見て面白いとも思えない。

「いや、だから何でだ」

 俺が続けた問いかけに、彼は微笑みで応えた。この会話をしている間も、彼の俺を撫でる手は止まらない。

「寝顔って不思議だよね。無防備であどけなくて、大人も子供も変わらない」

 返事になっていないヴィンスのその言葉に、彼は誘拐していた子供たちにも、同じようなことをしていたのだろうと察する。そもそも普段の接し方からしても、彼は俺を、子どもだと思っているのではないかという節がある。永遠の命を持つ神からしたら、俺と六歳児も変わりないのかもしれない。

「……どうして、誘拐するのは六歳の子供だけなんだ」

 ヴィンスの手を払うこともせず、俺は横になったまま問いかけた。

「人間の六歳はちょうど、社会の常識に染まっていない年齢だと思ったんだ。僕の言うことを素直に受け入れてくれる幼さに、物事を理解するだけの、知性を獲得している。親から数日離れても、問題ない年齢だとも思うしね」

「子供にも、俺にしたような話をしているのか。どうして」

 彼は「もっとわかりやすいように話しているけどね」と前置きをしてから、俺の視線を正面から受け止め、続きを話す。

「ミミサキ市に、理想郷を作る計画なんだ」

 理想郷、という宗教色の強い言葉の響きに引っかかった。訝しげな表情を浮かべた俺に、ヴィンスは笑みを深めて。

「僕のことを理解してくれる者を少しずつ広めて、神にとっても、安全な場所にしたいんだ。だから、社会的に影響力の高そうな地位についてくれる子を、優先して選んでいた」

「刑事になったノラのように、か」

「ノラは本当に優秀だね。でも、別に僕が何かを指示した訳じゃないんだよ」

 そう返事をしたヴィンスの様子は、まるでノラの父親か何かのような口ぶりだ。

「親の財力があって、情操も豊かで知能の高い子を選べば、自然とそうなっていくだろうなと思ってね。実際、そういう子の親は、身代金も快く払ってくれるから、全てにおいてやりやすいんだ」

 枯渇した土地にエネルギーを与えながら、ヴィンスの理解者をじわじわとミミサキ市内に増やしていく計画。誘拐事件は、まさか神が誘拐など起こさないだろうという、カモフラージュにもなる。一石二鳥どころか、三鳥の作戦だったということだ。

 そして、ヴィンスは今後もその計画を止める気はないのだろう。

 俺はゆっくりと体を起こす。

「ヴィンス、ずっと考えていたんだが……」

 抱え続けた考えを話そうと口を開いた時。ふと何かに気づいたように、ヴィンスが目を見開いた。

 美しい銀の瞳に、絶望の色が浮かんでいく。

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