世界の真実 -2-
「昨日俺を縛っていたのは、俺を傷つけないようにか」
再度口を開いたのは、俺からだった。
「うん? よくわかったね」
あっけらかんと頷くヴィンスの様子に、俺は「そうか」と呟く。すべてを信じた訳ではないが、こいつが言うように、本当に俺からヴィンスに手出しができないのなら、俺が縛られていた理由はそれしか考えられない。
「自力でロープを解いてしまうとは思わなかったよ。さすが刑事だ」
ヴィンスの言葉に、俺はフン、と息を漏らす。
「昨日話しかけていた『世界の真実』とやらは、話す気があるのか」
「君が大人しく聞いてくれるのならね」
俺はカップに口をつけたまま、話を促すためにヴィンスの方を見た。
「では、世界の真実の、根幹から話そうか。まず、この世界の電力の八〇パーセントは、神から搾り取ったものを使っている、ということだ。ヤマ国に限れば、電池等を除いてほぼ一〇〇パーセントと言って良い」
「電力?」
俺なりに身構えて話を聞き始めたが、突然出てきた電力という現実的なワードに、目を瞬く。だが同時に、ホセが言っていた言葉が再度思い出された。彼は確か、「電気は神様の力だ」と言っていなかったか。
「電気は、火力とか、原子力で発電しているものだろう」
「どうやって?」
「ゴミとか燃料を燃やして、その火力を電力に変換して……」
「どうやって変換するの?」
「確か、熱して発生させた蒸気の力で、発電機のタービンを回すとかなんとか」
「発電機の仕組みって?」
度重なる、似たような問いかけに、俺は思い切り眉を顰める。そんな俺の表情を見て、ヴィンスは声をたてて笑った。
「ははは、ごめん。そうだね、ユージは間違ったことは言っていないよ。そうやって人間の力で発電することも可能なんだ。でもそういった発電は、六〇年以上も前からほとんど行われていないよ。君たちが発電所だと思っている内部には何もないか、神が囚われている」
「そんな馬鹿なことがあるか」
「発電所の内部の様子を、その目で見たことがあるのかい?」
問いかけに、俺は黙る。実際に見たことはない。見たことはないが、そんなことはあり得ないと、常識的に思う。
ヴィンスはキッチンカウンターに乗っていたミキサーを引き寄せると、そのコンセントプラグを抜いた。何をするのかと見ていると、抜いたプラグの先を、ヴィンスが手の中に握り込み、土台についているスイッチを押す。すると、ウィンウィンと音を立て、ミキサーが作動した。
目の前で行われたマジックのようなデモンストレーションに、「マジか」と思わず素の声が出る。
「人間の力で発電可能な電力量では、発達し続ける社会や、増え続ける人口は支えていけなかった。一〇〇年程前から、エネルギー源の不足や、発電によって起こる環境汚染は叫ばれていたが、いつしかその声も聞かれなくなったはずだ。ユージは若いから、そんな話、聞いたこともないかな?」
「エネルギー問題が解決したのは、超高度原子力発電という、クリーンな発電方法が発明されたからだと教わっている」
「表向きはね。実際は、神を捕まえる技術が手に入ったということだ。神は人間やその他の生物のように、死ぬことがないからね。燃料などは必要なく、発することのできる電気も、無尽蔵なんだ。これがどういうことかわかるかい?」
「無限のエネルギー源……神を捕らえておけば、夢の永久機関になる、ということか」
「欲深い人間はそう思ったようだね」
話している間も、ヴィンスはプラグを持ったままで、ミキサーは変わらずに動き続けている。
確かに、コストを払う必要もなく、エネルギーが無尽蔵に手に入るのなら、そんな夢のような話はないだろう。
この世界の土台には電気製品がある。身近な照明やテレビ等に限らず、地下から水を汲み上げる、下水を処理する、野菜や肉を作る、情報を交わす。そんな生命を支えるために必要な根本的なところさえ、電気がなければ、たちまち立ち行かなくなる。
「ヴィンスの言うことが本当なら、政府は、どうして神を使って発電していることを公表しないんだ」
「『この世界には何柱もの神がいます。隠れて生活している神を見つけ出して捕らえ、二四時間三六五日、未来永劫、彼らから電気を搾り取っていますので、エネルギー問題は解決しました。皆さん安心して電気を使って暮らしましょう』って?」
ヴィンスの静かな声と、それに反して過激な言葉に、俺は返す言葉を失った。そんな俺の様子を見て、彼はようやくミキサーを手放し穏やかに微笑む。
「人間の考えていることなんて、僕には本当のところはわからないよ。だけど、きっと人道に悖るとは思ったんじゃないかな。だから、徹底的に隠すことにした」
「そもそも、神という存在だって、いるとは思っていなかった」
そう言葉を返しながら、俺はヴィンスが「神」という存在であることを、すでに信じている自分に驚いた。正直、彼から話される言葉のすべてを信じられている訳ではない。しかし目の前で、身に沁みる形で色々なことを証明されてしまった。ヴィンスは確かに、人間ではないものだ。
「神をエネルギーとして使っていることを隠すのに、政府にとって科学という存在は、きっと都合が良かったんだね。本当はどういう仕組みで、どうしているかは理解できないのに、こういう技術を使っていますと言われれば、そうだと思える」
俺は改めてヴィンスを見た。彼はキッチンに立ったまま、白い陶器のカップを片手に、自分で淹れたコーヒーを美味しそうに味わっている。その姿は、変わった瞳の色や、飛び抜けた美貌を除けば人間にしか見えない。
「つまりお前は、神を探している政府に捕まることを危惧している。だから神の仕業だとバレないように、誘拐を装って、信仰の証の捧げものとして身代金を手に入れていた。俺がその真相に辿り着きそうだったのを見て、ノラは俺を昏倒させて、周囲に情報を漏らさないように、ここへ運んできた」
「そういうことだね。理解が早くて助かるよ」
今までの情報をそう整理して、俺はふと浮かんだ疑問に首を傾げた。
「神は死ぬことはないし、燃料も必要ないんだろう? 捕らえられてエネルギー源にされている神が、信仰を受けているとも思えないし、どうしてお前は金が必要なんだ」
俺の質問に、ヴィンスは小さく笑った。
「君は本当に金が好きなんだね。そもそも、刑事がやる気にならないように徹底していたんだよ。他人の金のために、熱意を燃やして僕まで辿り着く刑事がいるとは、思っていなかったのだけれど」
「本庁勤務のキャリア組の中にはいないだけで、必死に生活している多くの人間にとって、金は大事だ。金がなければ生きていけないのだから、命とも言える。質問に答えろ」
馬鹿にされたように感じて、早口で応じながら、憮然とした表情で促す。
「正確には、金……つまり信仰が必要なのは僕じゃない。この土地、ミミサキ市だ」
端的な回答に、俺は眉を寄せる。全く意味がわからない。俺の様子を見て、ヴィンスは言葉を続けた。
「この世界の大地にはエネルギーが宿っている。僕たち神に無尽蔵のエネルギーがあるのも、大地と繋がっているからだ。そして、大地のエネルギーを補充し続けるのは、人間の信仰心なんだよ。正しくは、生きとし生ける全てのものにあるが、人間の力は、他の動植物と比較にならないほど強い」
ヴィンスは飲み干したカップを流し台に置く。そのまま、ずいと俺の方へ顔を近づけ、キッチンカウンターに頬杖をついた。
「僕がこの誘拐をやりはじめたのはね、ここの大地があまりにも弱っていたからなんだ。君は地元の人間じゃないから知らないだろうけど、一〇年程前のミミサキ市は、異常気象や地震など、度重なる天災に見舞われていた。それは、大地のエネルギーが枯渇していたから。ミミサキ市はそのずっと前に、リゾート開発のために、信仰の核となる教会を取り壊してしまったからね」
淀みなく語られる声を聞きながら、俺は瞬きも忘れて、目の前のヴィンスの顔を見つめていた。彼の鏡のような銀の瞳に、自分の姿さえも写り込んでいる気がして。
「僕が身代金を置くように指示していたトライデア・ホテル、セイイロ自然公園、ショド岬の三つの場所は、ただシィカスがあるだけではない。ミミサキ市全体に影響する、トライアングルの結界を描くポイントなんだ。そこに人間が金を捧げることで、大地に力を与える儀式は完成する」
そこまで語り終え、ヴィンスはにこりと笑む。俺でさえ、うっかりドキリとしてしまいそうな魅力的な笑顔。
しかし、次に続いた言葉に、俺は鳩尾のあたりを、ぎゅっと掴まれたかのような痛みを覚えることになる。
「だからユージ。いつも通りの日常に戻ったら、『ミミサキ市の誘拐犯は見つけられなかった』と報告すると、約束してくれ」
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