【番外編】死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく話。

星火燎原

第1話 甘えたがりな少女

※「死にたがりな少女の自殺を邪魔して、遊びにつれていく話。」の番外編となります。本編を読んだ人向けの内容なので、本編未読の方はご注意ください。


今回は本編三章5話〜三章6話の間にあったエピソードです。(web版だと15話〜16話)



 1



 寿命を手放してから二回目の十月十日。土曜日。晴れ。


 夕飯を食べ終えた僕はベッドの上で、仰向けになりながらスマホをいじっていた。


 じー。


 視線を感じる。


 じー。


 気のせいではない。


 じー。


 同じベッドの上で横になっている一之瀬との距離は僅か数センチ。僕の顔色を窺うようにじっと見ている。


 じー。


 視線に気づいていないフリをしながらスマホをいじり続けているが、ここまで見られているとやはり気になる。


「なぁ、一之瀬。そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」


「……帰りたくないです」


 一之瀬の表情を確認すると、憂鬱な顔をしている。


 花火大会が終わってから、いつもこんな感じだ。昼間までは勉強したり、ゲームしたりと意気揚々なのだが、夕飯を食べ終えた途端にしおらしくなってしまう。


 家に帰りたくないけど、素直に「泊まりたい」とも言えない……といったところだろうか。


「なにか嫌なことでもあったのか?」


「…………」


 僕から視線を逸らす一之瀬。家庭内で嫌なことがあったときは話してくれる。返事がないということは特に大きな揉め事は起きていないようだ。


 ただ、家に帰りたくない彼女からしたら「泊まりたい」と言える口実がなくて困っていることに変わりない。


 一之瀬の表情から泊まらせてやりたい気持ちが湧いてくるが、この間も泊まらせたばかりだ。一応「友達の家に泊まる」と家族に嘘をつかせているが、流石に怪しまれているだろう。仕方ないが、問題が起きていないときは家に帰らせるべきだ。


 僕は一之瀬の方を向いて言った。


「……泊まっていくか?」



 ********************************



「相葉さん、ちゃんとやっています?」


「……やっているよ」


 ゲームのコントローラーを持ったまま、一之瀬が勝ち誇ってくる。僕の肩に寄りかかる彼女はパジャマ姿だ。今日はやけに大きな鞄を持ってきたと思っていたが、まさか「お泊まりセット」を持ってきていたとは……。


 結局、今日も一之瀬を泊らせることになった。「本当は家族となにかあったけど、隠しているのではないか」「僕の家に来る途中、同級生と会って嫌なことがあったのではないか」なんて心配してしまったせいで、「泊まっていくか?」と言ってしまった。


 どうやら本当になにもなかったようで、一之瀬の表情は待っていましたと言わんばかりの笑顔を見せた。お泊まりセットを持参しているし、どう考えても最初から泊まるつもりだったのだろう。


「もう十時か。そろそろ寝るか」


「え〜! まだやりましょうよ〜」


 まだ眠くないが、これ以上負けたくない。ゲームとテレビの電源を切ると、一之瀬は不満げに頬を膨らませた。


 そのまま寝室に移動するも、一之瀬がついてくる。彼女専用の部屋と新しく買った布団を用意したのだが、ほとんど使われていない。


「自分の部屋で寝ろよ」


「眠くなるまでいいじゃないですか」


 そう言ってベッドの上に寝転がる一之瀬。最近の彼女は若干わがままで子供っぽい気がする。


 さっきと同じようにベッドの上で横になりながらスマホをいじり、一之瀬がそれを観察するように見てくる。


 スマホをいじっていると、一之瀬が僕の腹の上に手を乗せてきた。彼女の手を掴んで退けると、また腹の上に乗せてくる。それを数回繰り返して僕が諦めると、今度は服をちょんちょんと引っ張ってきた。


 要するに、構ってほしいようだ。


 スマホを持っていない方の手で、彼女の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を瞑った。


「寝るなら自分の布団で寝ろよな」


「まだ眠くないです」


 こちらに転がってきた一之瀬は、僕の腕を枕にして目を瞑る。本人は眠くなるまでと言っていたが、どう見てもこのまま寝ようとしている。


「おい、寝るな。起きろ」


「…………」


「寝たフリするな」


 口元が緩んでいる一之瀬の耳たぶを優しく引っ張ると、ビクッと体が動いた。やっぱり寝たフリじゃないか。「くすぐったい」と弾んだ声で嫌がる彼女は僕の胸元に顔を埋めて手から逃れようとする。


「嫌なら自分の布団で寝ろ」


 一之瀬の耳を数回引っ張るが、胸元でモゾモゾと抵抗するだけで離れようとしない。このまま寝ようとしているし、無理やり引き離すより彼女が寝るのを待ってから布団へ運んだ方が早そうだ。


 そういえば、テレビで「耳のマッサージをすると自律神経の乱れが改善する」的なことを言っていたな。一之瀬が眠りやすくなるようにマッサージしてやろうと、スマホでやり方を検索してみる。


 手順通りに耳を優しく引っ張ると、胸元に顔を埋めた一之瀬が「んん〜!」とくすぐったそうな声を出して顔を押しつけてくる。


 出会った頃の一之瀬は大人びている印象があったが、ここ最近の彼女は年相応の甘えん坊に見える。というか甘えすぎな気もするし、ここまで密着されると変な背徳感を覚える。


 とはいえ、迷惑に思っているわけではない。家では孤立しているわけだし、外では人目を気にしている。この部屋にいるときくらいは素の彼女でいてほしいと思っている。


 親指と人差し指の腹で、一之瀬の耳たぶを摘む。下にゆっくり引っ張ると、ぎゅっと僕の服を掴んできた。


 彼女が甘えてくるのは自殺したいほど辛い思いをしてきた反動なのかもしれない。自殺を邪魔していた頃も逃げる素振りは見せたが、本気で拒絶されたことはなかった。


 僕が死ぬ前に誰か甘えられる相手を見つけられるといいな。そう心から思っているつもりだが、実際は強がっているだけだ。このままずっと彼女を見ていたい気持ちが日々強くなっている。


 最後は耳全体を優しく揉みほぐす、と書いてある。一之瀬もさっきから大人しいし、もう寝たのかもしれないな、とスマホの画面から一之瀬の方へ目を向ける。


 思っていたより一之瀬の耳が赤くなっていて、マッサージをやりすぎてしまったのかと焦った。しかし、耳だけではなく顔も真っ赤になっていて、呼吸もちょっと荒くなっている……ような。


「……だ、大丈夫か?」


 一之瀬は手で口を押さえながら、こくんと頷く。


「そ、そうか」


 様子がおかしい一之瀬に動揺してしまい、早くマッサージを終わらせようと彼女の耳を手で包み、揉みほぐそうとした。


 そのときだった。


「んぅ……!?」


 一之瀬の口から聞いたことのない上ずった声が漏れた。


「……ど、どうした?」


 手が止まり、一之瀬と目が合う。驚いたのは僕だけではなく、一之瀬本人も自分の声にビックリしている様子だ。


「あ……相葉さんがイジワルするから変な声が出ちゃったじゃないですか!」


 よほど恥ずかしかったのか、慌てて僕から離れようとする一之瀬。


「イジワルなんかしていないだろ!」


「〜〜〜ッ!」


 頬を膨らませた一之瀬はベッドから抜け出し、逃げるようにドアの方へ向かう。


「お、おい! どこ行くんだよ!」


「……今日は自分の布団で寝ます!」


 ばたん!


 一之瀬は顔を赤くしたまま目を合わせずに部屋を出ていってしまった。それからしばらくの間、一之瀬は自分の布団で寝るようになった。



 ……僕が悪かったのだろうか。

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